末子の彼女と長子の私

2010年02月04日

2日目にライフスタイルのお話がありました。

ライフスタイルというのは性格みたいなものです。

理論の中に認知論というものがありました。

認知論とは「私たちは世界を好きなようにしか見ない」ということだそうです。

事実は1つだけど、私たちは自分の好み、色眼鏡をかけて物を見ているのです。


例えば「向こうから犬がやってきた」という出来事があったとします。

人によってとる行動は違いますよね。

「かわいい~」と言ってさわりまくる。
ちょっと様子を伺って触れそうなら触る
道を譲ってしまう。
逃げる。

私たちはいろいろな経験を通して「自分という辞書」に書き込みます。

犬=仲間
犬=きょうだい
犬=こわい
犬=噛む

などなど。。。

この辞書がライフスタイルです。

ライフスタイルを作るのは自分だそうです。
ですが様々な影響を受けます。

その中できょうだいの影響を受けるというお話をされました。

そこでワークをしたのですが
長子は長子のグループ。
中間子は中間子のグループ。
末子は末子のグループを作って、
このきょうだい順位で「得したこと」「損したこと」を話し合います。

私は一応、長子グループに入りました。
とことこは、末子です。

もちろん同じ長子同士でも、中間子同士でも、末子同士でも違いがあるのですが、
大まかなところでは、とても良く似てる!!

長子のグループでもいろいろなお話が出ましたが、
私が一番ヒットしたのは、

得したところとして、
「自分でやる」
「新しいことを試みる」

損したところとして
「人に頼るのが下手」
「甘えるのが下手」
「1人でがんばってしまって疲れる」
「慎重なんだけどモデルがいないので失敗が多い」
「要領が悪い」


あれ??損したところが多くヒットしているわ。


末子の人も発表してくれたのですが、
得したところに「可愛がられる」という言葉が3回くらい出てきたりなんかして。。。

↑その印象がやたら強くて、

あ~あ、末子はうらやましいわ~f1-5(独り言だからね)


とことこはいつも、「とことこちゃん、かわいいね。」って言われるんです。

私はいつも「ぬらちゃんって、しっかりしているよね~」とか言われるわけ。

あ~あ、「しっかりしている」よりも、「カワイイ」の方が良い~~~~!(だから独り言です)


じゃあ、私がもし、だれかに「ぬらちゃんかわいいね」って言われると、

ぞぞぞ~として、「き。。。きもい!k1-10」って思うんだよね。(←アホ)

「か。。かわいいわけないじゃないですかあ」とか言って動揺するんだ。(独り言だってば)


独り言はスルーしてくださいね。うふ。

私のように思うのは、ないものねだりですので、やめましょう。h-11


基礎講座でも言われました。

長子には長子の力、中間子には中間子の力、末子は末子の力がある。

もっと言うと、当然だけど長子の中でもひとりひとり違いがあるわけで、

自分の力は独特のもの。
自分の力=パーソナルストレングスをどう建設的に使うかです。
と。。。


今回とことこと二人で参加して本当に良かったと思うのは、
講座の後、車の中でも、温泉でも、帰ってからもずっと話し続けることができたことです。

考えたことを二人でシェアしあうというのは、学びをぐっと深めてくれるような気がしました。


私はこのきょうだいの話で発見したことがありました。

それは私ってもしかして「世話焼き」だということです。
いや、違う。
「結果的に世話焼き」になっちゃっているってことです。

私は世話を焼くとか、そんなことはできないし、
面倒だし、私はどちらかというと冷たい人間だと思っていました。


ですが、長子が集まって、話をしていた時に、
「面倒を見る」というのが出て、

私はそんなに面倒を見ているつもりはないなあと思っていたんです。

ところが、人に頼ったり、甘えるのが下手で、
親の言うことや人の言うことに頑張って沿おうとして、
(この感覚は本当に強い。長子の私にはモデルがいないので人の言うことが
すべて私に向かっている。しかも絶対的にと思うところがあります)


別にやらなくてもいいのに、
やらなくちゃいけないと思い込んでいるところがあると思いました。
(あくまで私の場合です。同じ長子でも違うと思います)


その結果1人でがんばって疲れてしまったり、
やらなくちゃと焦って、失敗したりが多かったりするんです。

待ったり、伺ったりということが私の辞書にはないんだな。

やらなくて良いことをやっているのかも。。。


とことこは私のそんな話を聴いて、
何を今さら。。。f1-5と、思ったのか、

「え~!ぬらは世話好きだよ~」と。

人には見えることが私には見えていなかったのです。。。k1-14


ですが私もすかさず訂正。
「いや。。。実は私、世話を焼くことは好きじゃないんだな。
勝手にやらなくちゃいけないって思ってるみたい。。。」

「そうなの!?」と。

「ぬらはよくそんなに人の相談にのれるなあと思っていたんだ。
私はできない。」

「人の顔見てる?うかがってる?」

「そうそう」

「やっぱ、末子~~~~!いいなあ。。。末子h-1


そんな話をして帰りました。あ~楽しい。k1-1


その後、ご飯を食べている時も、

私が簡単にできることを、とことこができなくて、
とことこが簡単にできることを、私ができないことも再確認しました。

私たちはそれぞれの辞書を通して物を見ているんだな。
相手の辞書と私の辞書は明らかに違っているんだ。

だからこそ話を聴きたいな。


人って違って面白い。
違うから助け合えるし、違うから分かち合うと何倍もの力になるんだ。
と思いました。


学びすぎて疲れたね。
心地よい疲労感。
そして手抜きの家事。。。。icon11

ごつパパ、子ども達、どうもありがとう。そして次の日はぐったりしていてどうもスミマセン。

とこ、泊まってくれてありがとう。

感謝しています。  

Posted by ぬらちゃん at 05:53Comments(8)TrackBack(0)アドラー心理学

基礎講座応用編に行ってきました。

2010年02月01日

1月30日、31日は、アドラー心理学の基礎講座応用編を受けてきました。

応用というのは「日々の生活に応用する」という意味で
パセージと並ぶアドラー心理学の入門編だそうです。

全部で4日あり、1月に2日間、2月に2日間と、分けて行ないます。
講師の先生も前半と後半は違います。

今回は前半だったのですが、プラサードの時にお世話になった先生です。
とてもステキな先生なので、今回またお会いできることが本当に嬉しかったです。

もう1つワクワク気分になれることがありました。
それは今回初めて、学生の時からの友人のとことこちゃんと、行けるという事です。
お子さんを実家に預けて、我が家にお泊りです。

あ~~~~楽しみ。何ていったって飲める!
。。。じゃなくて、一緒に参加できる。学べる。話せる。そして飲める!(あれ?やっぱり?h-11

(1日目)

時間にも余裕を持って会場入り。
かなりドキドキしましたが、いろいろな鈴鹿の自助グループから参加していて、
知っている人が多く、安心しました。

そして講座がはじまったのですが
もおおおお~初めから、私は感動しっぱなしで!f1-12

トーキングセミナーも読んだし、パセージも受けているので、
見たことがあることや、聞いたことがあることをお話してくださるのですが、
やっぱり講座は違う!
講座中ずっと、私は先生のお話に勇気づけられまくりでした。

この二日で20ページ以上ノートを使いました。(もちろん余白ありありですがf1-5

その中で私が印象に残ったことを書きたいと思います。


アドラー心理学の「基本前提」のお話をしてくださいました。

その中に「個人の主体性」というのがあります。


アドラー心理学は
「個人が心身を動かす」と考えます。

主人公はいつでも「私」です。


例えば、「怒りが抑えきれなくなって子どもを怒鳴った」とか言いますよね。
あたかも感情のせいで、怒鳴ってしまった。。。と。

これだと変われませんよね。感情のせいだから。

けれども、アドラー心理学では私が感情を使っていると考えます。
「私が怒りという感情を使って、子どもを怒鳴った」ということです。

そうすると、「私」が主人公だから選べるわけです。変われるわけです。

感情があるから~できない。
心の傷があるから~できない。ってよく言いますけど、それだと「私」は変わりようがない。
感情がなくならないと変われないし、心の傷がなくならないと変われません。

だけど「私」が主人公であれば、変われる。自分が変われば良いんだ。

でも、これ↑決して真実じゃないんですって。
あくまでも仮説。
こう考える方が便利だから、より援助に向かうから
こういう考え方を採用してみませんかというアドラー心理学のおすすめだそうです。

まあ、なんて謙虚なの。(←あほ?)優しい心理学だなあ。


そこで先生がしてくださったお話がこれです。

「災害や病気になった後の幸せか不幸せかは自分が決められる」

病気になると、私もそうでしたが、
「何で私がこんな病気になるの?!」と、ネガティブになり、
不幸な私から抜け出せない時がありました。

病気のせいで私は好きなことができないとか、
病気のせいで子どもができないとか、そんな風にずっと考えていました。

遺伝のせいかしら。
環境のせい。かしら。
やっぱり、ストレスよ。こんなところに来なけりゃ良かった。
私の結婚は失敗よ!なんて不幸な私なの~!なの~!なの~!

おっと、思い出してつい力が入ってしまった。。。。えへf1-2

↑これだと、私は変われません。
病気のせいや遺伝や環境のせいにしているんだもの。

病気や環境や遺伝はどうにかなりますか?どうにもならないじゃ~ん。
やっぱり私って不幸。


これを「私」を主人公にするとどうなるか。

病気でも生きていられるし、
昔なら全摘出よ。
残っているから子どもも授かった。
お腹の中にあるままだけど、大きくなっていない分、手術しなくて済んでいるし、
自分の健康に少しは気を使うようになった。

「私」を主人公にすると、幸せと考えるのも、不幸と考えるのも選べます。
自由度が増します。
その方が便利でしょ。

な~る~ほ~ど~~~~~!


理論は他にもいろいろありました。
どのお話もすごく便利だし、人と私ってこんなにも違うと感じて
私はやっぱりアドラー心理学が好きだ。h-1って思いました。


終わってから温泉に行ってお風呂に入って帰りました。
家に着いたのは夜の11時半くらいだったかな。

ごつパパが「待っていたわけじゃないんだけど目が覚めたんだ」と言ってリビングにいました。
「待ってたんでしょ~」と突っ込みを入れながら
「待ってたんじゃないよ~」「待ってたくせに~」と、からかいつつ、
3人でお酒を飲みながら2時まで話をしていました。

その日に教えていただいた「相手のことは理解できない」→「だからこそ話を聴きたい」を、
実感しながら、とことこと私の違いを堪能していました。
違っているから話は尽きず、面白いのだと思いました。

(つづく)  

Posted by ぬらちゃん at 16:49Comments(10)TrackBack(0)アドラー心理学

鬼嫁の私

2010年01月26日

お正月を思い出せ!(獅子丸さんのパクリで~す)


お正月はあまり好きではありませんでした。

だって。。。親戚で集まるでしょ。・・・気が重い。f1-13


義父母と義姉家族とうちの家族が集まります。
いつもはどこかに食べに行くのですが
今年は子どもも大きくなったし久々に家でやるとのこと。

義父母は嬉しそうですが、私は毎年、正直言って気が重かったです。

というのは、私は他人であるということをひしひしと感じるからです。


私は鬼嫁です。


結婚した当初は、いや結婚が決まってから、ずっと私は我慢をしていました。

ごつパパは親の言うことをきちんときく子どもとして育ち、
私は親の言うことをきちんときかない子どもとして育ちました。

親が言っていることを何でもきくことを大事にするごつパパは親の言うがままでした。

いや、これはまさしく私の意見。
私には親の言うがままの様に見えました。このほうが正しいかな。

私はそんな彼に違和感を覚えつつ、多少は抵抗しましたが、
とにかく我慢をしていました。

やはりうまくやりたいし、とやかく言えなかった。f1-7

ここには書きませんが、いろんなことがありました。
私にはたくさんの裁判記録があります。
もちろん私が裁判長です。

私にとって義父母は敵でしたし、ごつパパでさえ敵に感じていました。icon09


義母がすることはおそらく善意なのです。

ですが、私はそれを過保護だと受け取りましたし、
私たちをいつまでも子ども扱いすると感じましたし、
善意で私たちを動かそうとしているのだと感じました。

善意ってホント、厄介。
善意だと、自分が悪いやつに思えて仕方ない。。。f1-8


そんなこんなが続いて、私はとうとう病気になりました。


病気になった理由が結婚かどうか、事実は分かりません。

ですが、当時の私はそう思っていました。

「このままじゃ私はおかしくなる」と思って、


それ以来、

嫌なものは「嫌です」
無理なことは「しません」
いらないものは「いりません」
意見が違えば、「私はそんな風には思わないけど」


言う。言う。自分の親にも私はそういう風に言うのだ。f1-5

自分の親に言うように、言いまくりだ~


お気の毒なのは義父母。

私の豹変に、かなり戸惑ったことでしょう。

そして私の家では子どもが親に意見(文句?も含めて)を言うことは当たり前だったけど、
ごつパパの家では親の意見をきかない私は明らかに異端でした。

おかわいそうに。。。。icon11


毎日、大量に持ってくる善意の料理。野菜。果物。
食べる時間もなくてどんどん腐っていく。。。。k1-10

気が狂いそうだ。

「いりません」

そう言ってから、

毎日が二日に一回になり、一週間に一回になり、
今では本当にたまにになりました。

野菜も「ぬらちゃん、野菜いる?」って聞いてくれるようになりました。


そうすると、今は、ありがたい。って思える。はずだが。。。???

でも実際はたくさんの裁判記録が邪魔をして、
心から感謝。。。とはいかなかった。f1-6

いつまでも許していなかったのですね。。。ああ、私って鬼嫁。


一度メールで義父に、要件を書いたあとで「鬼嫁でゴメンね~」と送ったら、
大爆笑されました。

。。。ということは、自他共に認める鬼嫁ってことです。icon11


アドラーを勉強して、本当にわずかに義父母に対する考え方は変わっていきました。

前に少し「価値観の違い」というところにも書いたけど、
育児に対する義父母との価値観の違いは正直恐怖で、
その価値観の違いから子どもを守ろうとしていたけれど、
今はいろいろな価値観の中で育てられる環境はありがたいと思えるようになりました。

私じゃ考えられないことを義父も義母もするけれど、
それが私にとっては無意味に見えたり、過保護に見えたりしたとしても、
今はそれを笑って見られる様になりました。


でもね、それでも裁判記録は捨てられない。
恨み辛みが山のようにあふれ出てくる。。。

そうすると私は何でもかんでも否定的に見てしまうのです。
マイナスの目でしか義父母達を見ることができなかった。

「肯定的に見る」???
そんなことができたらどんなに楽か。

でもできない。やれるわけがない。

いや、しないのです。あえてしないんだと思う。

そんなもん、してやるもんかっ!h-7って思っているんだと思う。



それがどんなわけか、今年の正月は肯定的に捉えている私がいました。

どうしてそれができたかはおそらくいろいろな方々に助けていただいたおかげで、
私の氷のような心が溶け始めたのだと思います。

私は自分の心にウソついて、ウソの言葉を並べることは苦手です。
「そんな風に思っていなくても言ってみればいい」とはよく言われますが、
それは子どもにはできても、義父母にはできなかったです。

でも今年は心にウソをついているでもなく正の注目している自分がいました。


てんぷらを揚げている義父に、義母が
「かぼちゃを厚く切りすぎやわ。もっと薄く切らないと時間がかかる。
こういうのも経験なのよね。やってみないと分からない」(←義母は義父には強い)
と言いました。

私は、「え~そう?私は厚い方が甘くてホクホクで好きやわf1-1」と言うと、

「あ~そうね、厚く切ったら味はおいしいわね。」と義母。


冬休み中に怪我をした義兄は、「踏んだり蹴ったりですわ」としょげ気味。
義姉の手助けがないと何もできない状態でした。
義姉は、本当に良く義兄を手伝います。

「お義姉さん、すごいよね~私はなかなかできないわ。」
「お義兄さん、いいね~お義姉さんのおかげやね。」

「そんな風に言ってくれてありがとう。」と義姉。


私は驚きました。
あたたかな空気を感じている自分に。
義姉が私にそんな風に言ってくれたことに。


今までの非礼を恥ずかしく思いました。


私は今も、堂々と鬼嫁ですが、

少しづつ、本当に少しづつですが何かが変わってきている。


そして今までいろいろなことがあったけど、
ぶつかったり、泣いたり、怒ったり、そんなことばかりだったけど、

それも今思えば、悪くはなかったのかもしれない。
必要だったのかもしれないと思えるようになりました。


もうすぐ結婚して10年になります。

今年はいい10年目が迎えられそうな気がしてきました。  

Posted by ぬらちゃん at 18:14Comments(14)TrackBack(0)アドラー心理学

肯定的に見る

2010年01月19日

(つづき)

さて、自分勝手な「潔い」をししうまに押し付けようとわかってしまったこの事例。

どうしたらいいのかしら?と思っていましたが、
さすが、koikoiメンバー!
私の話に正の注目をたくさんしてくれました。

つまり、私の話を肯定的に見てくれたのです。

夏休みのお手伝いの宿題を、夏休みが終わった途端、玄関掃除をピタッとやめてしまって
がっかりしたという私の話。

大体これで何を学んだわけ?
夏休みが終わったからといってお手伝いをやめちゃうなら意味ないじゃん??って思っていた私。

ですが~、

「1ヶ月続けるってすごいことだよね」
「玄関の掃除の仕方をしっかりと学んだと思うよ」
「ししうま君にはお手伝いじゃなくて、宿題だったんだよね」


メンバーにこんな風に言ってもらえて、

そっか~、無意味ではなかったのかと思えました。

与えられたことを最後までやりとおそうとすることは、ししうまの能力だよな。

確かに玄関掃除に関してはエキスパートだ。
例えばお客さんが来るから玄関掃除を頼むわ~と言っても、彼に任せていれば安心だ。
何て言ったって私よりも丁寧なんだから。

確かに宿題としては完璧だ。
お手伝いの意味はまだ彼の中でわかっていなかったんだろうけど、
そんなことは急に分かる必要はないもんな。
実際この後、「お手伝いって何?」のくだりにつながっていくわけで、
ここで私が違和感を思えた事は、今思うと、悪くはないぞ。うん。f1-2


どっぷりとこの問題に浸かっている時は見えなかったものが、
メンバーが肯定的な面を見てくれたおかげで見えてきました。

私1人では気がつけなかったことに気づけます。

やっぱりグループワークってすごい。
仲間がいて、仲間が私とは違うからこそ気がつけるんだ~

あ・・・これが「違いバンザイ」なのね。h-8


すぐ脱線する~~~~話を戻そう。

前記事に書いたような私の意見は↓これです。

「やっていないのに書かなくたっていいじゃん。
書かないことなんて大したことないじゃん。
ししうまの良い子ちゃんっぷりに不安を覚えることがあります。
そんなに形を美しく見せなくたっていいって、思って欲しいと思っています。
ウソまでついて、どうこうするような話じゃないだろう。たかだかお手伝い表くらいで。
それにお手伝いって、夏休みみたいに表に色塗って終わりじゃ意味ないだろう。
大体これで何を育てれば良いのだ??
ウソをついてまでつじつまを合わせるようなことを育てても意味がないんじゃないか。」



書かないことは大したことがないと思えるのは大人になった私だから言える事ですよね。
ここに無理やりししうまを当てはめる必要なんてないんだ。。。
それはししうまがゆっくり学ぶことだ。
ししうまの課題ですね。

ししうまの良い子ちゃんっぷりに勝手に不安になっているのは私で、
それは私の課題。
私はししうまに課題の肩代わりをさせようとしていたんだ~・・・


それに、ししうまを小さいときから知っているメンバーに
「全部塗ったの~?意外~!ししうまはそんなことしないと思ってた~」と言われたんです。うふ。

つまり、ししうまは良い子なのでそんなつじつま合わせちゃうようなことするなんてびっくり!
・・・というわけです。

ってことは~~~~~
良い子に収めようとしていたのはまさしく私でないかい????

ひゃ~ひゃ~ひゃ~!

あ~も~自分の勝手さ加減に笑っちゃうわ。


ではこの場面どう接するか。

どうしよう・・・・


①ここはやはりししうまの課題だからししうまに任せて何もしない。

これもありだと思います。



「この日と、この日って、洗濯物たたみしていないんだけど、塗ってあるよ」

「だって~塗らないと先生に怒られるもん」と、ニヤニヤ。

「ママ先生は怒らないと思うんだけどなあ。それよりウソを書かなくてもいい気がするんだけど。」

ここまでは伝えてあとはお任せするのもありかな。

私の価値を伝えることは悪くはないはずです。
今後同じようなことがあった時、ししうまの中に引っかかってくると思うし。
違う人の意見を知った上で、ししうまがどう選ぶか、
おそらく書き直さないと思うんだけれども、それはそれで彼にぶら下げる時間が必要だという事でしょう。


私はこの時、もう少しししうまに考えて欲しかったです。
だから開いた質問をしたかったのだけれども、どうもうまくいかなかった。

「ししうまはどうしたいの?」

そりゃ、色を全部塗りたいに決まっているだろう~。。。

↑こんな的外れな質問しか出てこなくて。

どんな開いた質問をして、彼に考えてもらうことができたのだろうか。。。

今さらながらししうまに聴いてみました。

「どうしてお手伝い表ってあるんだと思う?」

「だって。。。宿題だから」

???質問が難しすぎるかな?

「先生はどうしてお手伝いの宿題を出したんだと思う?」

「一応出した」

「一応??」

「ししうま、お手伝い表に色塗るの好き?」

「ううん。」

「どうして?」

「面白くないから」

「そうなんだ~。じゃあ、もし、お手伝いをしているところを写真に撮ってください
っていう宿題だったら面白い?」

「うん。うん。」

「へ~。そうなんだ~」妙に感心。

「お手伝いって大事だと思う?」

「うん。」

「どうして?」

「だって、助かるから」

「そっか~。ママ、ししうまが手伝ってくれると助かるもんな~。
いや、ママだけじゃなくて、家族が助かるんだ。そっか~家族がか~」

私が1人で納得してしまいました。

それは置いておいて。

「助かるから」
ししうまはちゃんとわかっていました。

嬉しかった。n-1

私はお手伝い表というものに惑わされて、ししうまの中に育っているものを見失っていました。
私はししうまを信頼できていなかったのかもしれない。

この問題にどっぷりと浸かっている時には見えなかったものが
「肯定的に見る」だけで、違って見えてきました。

私はもう少し肯定的に見る訓練をしなくては。

肯定的に見るということは、お話をガラッと変える力を持っているのだから。  

Posted by ぬらちゃん at 18:03Comments(12)TrackBack(0)アドラー心理学

私は美しき言い訳を作る。

2010年01月16日

先日、今年初めてのkoikoiの自助会がありました~
子ども達もみんな元気そうで何よりです。

実は冬休み、事例になりそうなことがたくさんあった我が家。
皆に話を聴いてもらいました。

学校の宿題の1つにお手伝い表がありました。

家でやることの出来るお手伝いを1つきめて家族の一員としてお手伝いをしようというもの。

表には日にちが書いてあり、お手伝いをした日には色を塗ります。


これ、夏にもありました。
夏休みではししうまは玄関掃除を選んで、それはそれは見事に一日も休むことなく玄関掃除をやりとげました。

朝起きたら、玄関掃除をしている。

そんな感じです。

熊本の実家に行ったら、そこでも玄関を掃除していました。

すごいわ~ししうま。私は感心しきりでした。


ところが、夏休みが終わった途端、ピタッと。。。。終わり!!

えええええええ???!!!終わりかよ~(ガッカリk1-10


冬休みもお手伝いを決めなくてはいけません。
相談して、あんなに嫌いな「洗濯物たたみ」をやることになりました。

なぜに嫌いな洗濯物たたみを選んだかというと・・・

ししうまが言うんです。
「ね~洗濯物たたみだったら、サイパンでもできる??」

ほぇ?!!!サイパンでもやるんかい??!!k1-14


ししうまのマジメさには頭が下がります。


ところが、もちろんサイパンで洗濯物たたみを出来ない日だってあったわけです。

なのにね。それなのにね。


色が塗ってある!!!


私は思うわけです。「え~・・・それってどうなのお?k1-9」と。

「ししうま、ちょっと言っても良い?」

「うん・・・」

「この日と、この日って、洗濯物たたみしていないんだけど、塗ってあるよ」

「だって~塗らないと先生に怒られるもん」と、ニヤニヤ。

「ママ先生は怒らないと思うんだけどなあ。それよりウソを書かなくてもいい気がするんだけど。」

↑この質問、開いていないねえ~
ここにはうまく書けなかったですが、いろいろ開いてもみたんです。
それが全くの的外れ。
私はししうまに何を考えて欲しかったのだろう??


一度言ってもししうまは書き直すことなく、二回くらい休み中に話をしました。
結局はししうまが「もう消すわ」くらいの怒りモードで話は終わってしまいました。


やっていないのに書かなくたっていいじゃん。
書かないことなんて大したことないじゃん。

ししうまの良い子ちゃんっぷりに不安を覚えることがあります。
そんなに形を美しく見せなくたっていいって、思って欲しいと思っています。

ウソまでついて、どうこうするような話じゃないだろう。たかだかお手伝い表くらいで。

それにお手伝いって、夏休みみたいに表に色塗って終わりじゃ意味ないだろう。
大体これで何を育てれば良いのだ??

ウソをついてまでつじつまを合わせるようなことを育てても意味がないんじゃないか。

↑こんな風に思っている私。これは意見ですね。


お手伝い表を書くことはししうまの課題です。
でも、このままでいいのかなあ・・・と、思っちゃうわけです。
そんなにウソまでつかんでもいいじゃないかと。


これは私のライフスタイル(性格)からくるものです。
私は私のライフスタイルから「何か」にこだわっているのです。


メンバーに話を聴いてもらっているうちに、私が何にこだわっているのかが分かりました。


メンバーの子どもも、同じようにお手伝い表を書いています。

1人のメンバーは
「お手伝いの宿題があることに気づいたのは、
3学期入る直前で、やらずに持って行ったみたい。」と言い、

もう1人のメンバーは
「色を塗るのが嫌いで、この日にやったでしょ。と言っても、
塗るのが面倒だからもうやらんって言うの。
それでもやったんだから塗ったらって言うと、が~ってマス目関係なく塗りたくって」


私はこの話を聴くと、「それもありだ」って思うのです。
そしてうらやましいとさえ思っています。

私はやらなくてはいけないと思っているわけではないんだ~。
うそをつく必要はないと思っているのかな。


そして本当に本当におかしな話なんだけど、

ししうまに「これで(塗ったままで)いいのね。」と何度か聴きました。
「ししうまがこれで良いならママはそれでも良いよ。」


???

言いながら自分でも「???」

私は、ウソつくことにこだわっている??。。。
何なんだろう・・・???

あ・・・私は「潔くないといけない」って思ってる。

潔く「書かない」ならオッケーだし、
書くなら書くで、ウソを書くことは「潔くない」って思ってる。
私が何と言おうと「書いて持っていく」と言うならそれでも良い。
だって潔いから。

え~!でもこれもおかしな話だ。
書いていて思ったんだけど、
それならししうまが全部色を塗った時点で「潔い」と認めたって良いじゃない?!


あ~これって、自己欺瞞(ジコギマン)だ~

アドラー心理学では自己欺瞞という言葉をよく使います。
自己欺瞞というのは「無意識的目的と違う意識的目的を言いつのること」だそうです。

簡単に言うと
美しき言い訳を作って自分自身をだましていることです。

例えば、「あなたのためを思って叱っている」とか、
「こうすることがあなたのためだ」とか、言って、自分もその正当性にだまされてしまうんだけれども、

実は「恥を書きたくない自分」だったり、「私の好み」だったりするわけです。


これ、思いのほか多用していることに気がつきます。

私の「潔い」は、私にとって都合よくできている「潔い」だわ。。。


では。。。この問題、どうしたら良いのでしょう???


(つづく)  

Posted by ぬらちゃん at 08:08Comments(2)TrackBack(0)アドラー心理学

クリスマスを思い出せ!

2010年01月09日

題名は獅子丸さんのパクリで~す。

昨年のクリスマスはサイパンに行くことになっていたので
サンタさんには、玄関にお手紙を置いて、お菓子も置いていきました。

それでも子ども達はとっても心配そうでしたが
帰ったら無事、お菓子はなくなっていて、プレゼントが。

ししうまは念願の木のバット。
こっとんは、アクセサリーです。




サイパンでは熊本のじじに、グローブをもらいました。
本物の革です。

ししうまはとっても嬉しそう。

ホテルの中でゴロを取る練習を何回かしていました。




こっとんは、サンタさんにはドレスをお願いしていたのですが
サイパンで、はーちゃん(うちの母)手作りのドレスをプレゼントしてもらっていました。

サンタさんは何故だかそんなことを知っていて、
ちゃんとアクセサリーを用意してくれていたようです。

こっとんはドレスが嬉しくて。
ホテルでも毎日着ていたし、今も一日一回は、ドレスを着ています。




クリスマスもプール三昧でしたが
こっとんは、足もつかない所で、ピースをしながらクルクルクルクル回っていました。
それが楽しくて仕方なかったみたい。



ししうまとじじとごつパパは、スライダーをやっていました。

ここのスライダー、二人で浮き輪に乗っていきます。

私があとからプールに行ったら、「やってこい、やってこい」って言うもんだから
長い階段を上ってみると、急角度で下に落ちるところからはじまるわけです。

ししうまが前に乗って私は後ろなんだけど、コワイ。。。怖すぎる。。。

ぎゃ~~~~~~~~~~~!!!!!

ム~~~~リ~~~~~~~!!!!


水流で?なぜか上るんです。

上がったり下がったり、ジェットコースターじゃん。


ぎゃ~~~~~~~~~~~!!!!

もうやらない。もう二度とやるもんか~!とブツブツしゃべりながら、

また、ぎゃ~~~~~~~~~~~!!!!

ししうまは笑っていました。

「ママがキャ~キャ~言っていたのが一番面白かった」だと。

ママは、恥ずかしかったよ。。。  

Posted by ぬらちゃん at 07:02Comments(10)TrackBack(0)家族

戦争を起こさないために私ができることは?

2010年01月06日

「戦争を起こさないために私ができることは何か」

うっわ~~~~新年早々、何て重たいテーマなのお???f1-12


「戦争」のこと。
とりわけ太平洋戦争に関してはいろいろと、教育を受けてきたと思いますが
ぶっちゃけ、どんなイメージがありますか。

むごい。
悲惨。

戦争したって何もいいことはない。
戦争からは何も生まれない。
戦争はしたくない。

私。戦争関係のドラマや映画などはそれなり積極的に見ているつもりだけど、
やっぱり行き着くところは「悲惨だ」「戦争だけは絶対にしたくない」
そんな気持ちでした。


ところが先日サイパンに行ってみて、

「最初アメリカはサイパンを3日(?一週間だったかな)で落とすと予定していたのですが、
日本人の死を恐れない戦い方に苦戦し、1ヶ月かかりました。

ここでの日本人の死を恐れない戦い方を見て、
アメリカ軍は本土上陸をやめたといわれています。」


とガイドさんから聞いた時、すごい衝撃を受けたのです。


戦争で死ななくてはならなかった人たちに「悲惨」としか言えなかった私。

戦争で死んだ人は「無駄に」死ななくてはならなかった。。。。

口に出したことはないけれど、どこかでそんな風におもっていた気がします。
だからこそ悲劇だと。悲惨だと。


ああ。。。私はその人の何も知らないのに「無駄」だなんて、
とんでもないことを思っていたわ。。。


ですが、サイパンの方たちの決死の戦い方のおかげで、
本土決戦が免れたのだとしたら、


もしかして私の命があるのは、そのおかげかもしれない。

ごつパパの命があるのはそのおかげかもしれない。

「父」がいるのも、「母」がいるのも、「祖父母」がいるのも、

ししうまがいるのも、こっとんがいるのも、そのおかげかもしれない。



私の命が先人のおかげであると分かると、
本当に、「感謝」

「感謝」です。


「戦争」=「悲惨」で終わっていたものが、
本当にちょっぴりだけど、見え方が変わりました。


そして私は、何ができるのかわからないけれど、
何か未来のために貢献したいと思いました。


多分これがアドラー心理学でいう「共同体感覚」なのだと思います。


正直言って、今まで「共同体感覚」のことについて、書いたことってなかったと思います。

なぜって。。。。わかんないから。icon11


でも反面、私は「キョウドウタイカンカク」をたくさん知っている気がします。


だけど、字にすると、何だか。。。よくわからなくなるのです~icon10


今の私には、「共同体感覚」をどうこう言えませんが、

おそらく学生時代にキャンプカウンセラーをやっていた時、
キャンパーさんのために、何ができるかを考えたり、
仲間と助け合って生活している感覚とか、

多分キャンプカウンセラーをやっていたときの全てが、キョウドウタイカンカクだと思うし、


マニャガハ島で、全員がサシーシュノーケルをするために、交代でこっとんを見たりした時のあの感覚、

koikoiの皆で講演会を企画した時のあの感覚、

koikoiで子育ての悩みを相談したときのあの感覚、

義父母の家で新年会をしたときのあの感覚。。。が、多分、キョウドウタイカンカク。


分かりづらいですよね。。。
私も何て言ったら良いかわからないです。



所属感、信頼感、貢献感だとアドラーさんは言っているそうで、

野田先生は、
「私は私のことが好きだ」という自己受容、
「人々は信頼できる」という基本的信頼感、
「私は役に立てる人間だ」という貢献感
。。。。だとおっしゃっています。



うっ。。。やっぱりわからない。

でも多分これがそうだと思うってことが、生活の中にたくさんある気がするのですが。。。


これはここまでで置いておこう。f1-13


話を戻します。

アドラー心理学では「共同体に貢献できる人」になることを目指します。

「共同体」というのは一番狭義な意味でも人類全体。
しかも過去、現在、未来を含めた全てです。



私は勇気づけの演習に行った時、
私たちが「環境のためにできることは何か」を話し合いました。

いろいろな意見が出ました。
すごく大きな話で、途方もないことで、私がやったところで何が変わるのだと思っていたことでも、
できることはあるのだと知りました。


戦争を起こさないために私たちができることって何でしょう。

先人の死を無駄にするか否かは私達次第なのかもしれないなあ。

無駄にしたくないなあ。。。それは私のエゴかもしれないけど。。。  

Posted by ぬらちゃん at 17:51Comments(8)TrackBack(0)アドラー心理学

あけましておめでとうございます♪

2010年01月03日

ki-1あけましておめでとうございますki-1

今年もよろしくお願い致します。ki-2


1月1日元旦は、隣のごつパパの実家に集まって、新年会を開きました。
飲んだ~飲んだ~f-5

お義姉さんも飲まないのに、飲んでばかりいる嫁って・・・・?


1月2日は毎年恒例となった書初め大会です。
大会っていっても我が家だけですが。icon10




ごつパパは我が家では書道の先生です。
筆を持って、字がうまく書けるように準備体操?から始めます。



ししうまも自分で字を選んで書きました。
選んだ字に私は感動してしまって。。。h-1
どうしてこの字を選んだんだろうか。。。



こっとんも頑張って書きました。
これが。。。なかなか味のある字を書くのです。



ししうまが「いのち」、こっとんが「木」kiという字を書きました。


「どうして命っていう字を選んだの?」と聴いても、
「命は大事だから・・・a-8」と。

うん。うん。そうなんだけどさ~
だからどうして選んだかを聴きたいんだけれど。。。


こっとんにも聴きました。
「どうして木という字を選んだの?」

「こっとんね~、木になりたかったのa-7

????


ま・・・いっか~


木という感じに挑戦したんだけれど、
どうしても右のはらいが、カク、カクッと曲がってしまうのです。

アハハハ。f1-4でも、いいかあ。
何だかとても「木」らしいし。




ごつパパは「信頼」。

今いるメンバーで仕事をするのであれば、
お互いを信頼し、任せて、より多くの仕事をしていきたいそうです。


私は「肯定」。
私は肯定的に物事を捉えることが苦手です。

ですが多くのアドレリアンの先輩方は、
肯定的な面を捉えるのがとても上手です。

正の注目をする、肯定的に物事を見られるようになりたいなと思いました。

そして周りの人を、そして私自身も勇気づけて暮らしていければ良いなと思います。


今年もどうぞよろしくお願い致します。
ブログを見てくださる皆様、いつも本当にありがとうございます。

皆さんのおかげで、以前より毎日を大事に暮らせるようになりました。

これからも頑張りますk1-1  

Posted by ぬらちゃん at 13:46Comments(16)TrackBack(0)家族

サイパン4日目~行きたかったところ

2009年12月30日

4日目は島内観光に行きました。

サイパンで、どうしても行きたかったところがあったからです。

それが「バンザイクリフ」です。↓



サイパンというところはとても数奇な運命をたどったところです。

もともとはチャモロ民族が住んでいましたが、

マゼランによって発見された後、スペインが統治していました。

1898年にアメリカ-スペイン戦争でスペインが敗れ、サイパンの スペイン統治時代は終わり、
15年間のドイツ統治に入ります。

1914年に第一次世界大戦が勃発し、赤道以北のドイツ領を日本が占領し、
第一次世界大戦終結後、日本の委任統治が決定しました。
ここから約30年にわたる 日本統治時代はじまりました。
3万人近くの日本人(8割は沖縄)が移住し、市民生活を送っていました。

主に製糖業で発展していきました。

1941年に太平洋戦争が勃発し、日本はグアム島も占領しサイパンに司令部を設置していました。
開戦当初は快進撃を続けた日本軍でしたが、アメリカ軍に 反撃で徐々に劣勢になってきました。

そして、とうとう1944年、 アメリカ軍はサイパン島に上陸を開始し、日本軍と激戦を展開しました。
アメリカ軍の死者は約1万人、日本軍の死者は約3万人、
生き残ったのは1000人余りという玉砕戦となりました。

さらに多くの民間人も犠牲となり、サイパン島は1ヶ月と経たずに陥落。
さらには、グアム島、ロタ島、テニアン島と次々上陸して 日本軍を退けました。

日本への攻撃拠点を手に入れたアメリカ軍は、グアム島、サイパン島、テニアン島に滑走路を造り、
日本本土を次々に爆撃し、最後には広島と長崎に原子爆弾 を投下しました。
ちなみに、原子爆弾はテニアン島から出撃したB29爆撃機によるものです。




バンザイクリフは、追い詰められた日本兵や民間人がアメリカ兵からの投降勧告、説得に応じず、
80m下の海に身を投じて自決した場所です。

多くの自決者が「天皇陛下、万歳」と叫び両腕を上げながら身を投じたことから、
戦後この名で呼ばれるようになったそうです。



本当に、泣きたくなるほど美しい場所でした。

でもここで悲劇は起こったんです。

子どもと自分の体をひもで結んで、飛び降りるお母さん。

「おかあさーん」と叫びながら飛び降りる人々。



慰霊碑がたくさんありました。



これは大きいのがお母さん、小さいのが子どもだそうです。



観音様がいらっしゃいました。



次に行ったのは「ラストコマンドポスト」日本の最後の司令部があった場所です。



階段を上ると、こんなに小さな穴をくぐります。



そこが最後の司令部だった場所です。
中はぜんぜん広くないです。

ここも日本軍の捕虜の証言で、場所が分かってしまいました。

ここは司令部と同時に中学生の防空壕にもなっていました。
中には150人もの子どもがいたそうです。

しかし、場所が分かってしまって、アメリカの砲撃を受け、
ここで全滅してしまいました。



大きな穴が、アメリカの砲撃のあとです。



弾丸が壁の奥深くに残っています。

本当にたまらない気持ちになります。



外に出ると慰霊碑があるのですが、
その上は「スーサイドクリフ」

日本軍も民間人も下からアメリカの砲撃があり、
反対からも攻め込まれ、行き場を失った人たちが
ここから飛び降りて行ったそうです。

あまりに多くの人が飛び降りるので
それをやめさせようと、砲撃をするのですが、
逆に行き場を失って飛び降りるという状態だったそうです。



スーサイドクリフの崖に開いている穴はアメリカ軍の砲撃のあとだそうです。

最初アメリカはサイパンを3日(?一週間だったかな)で落とすと予定していたのですが、
日本人の死を恐れない戦い方に苦戦し、1ヶ月かかりました。

ここでの日本人の死を恐れない戦い方を見て、
アメリカ軍は本土上陸をやめたといわれています。

そのかわり、原子爆弾を落とすことになるのですが。

原子爆弾を背負った飛行機が飛ぶのはテニアン島。
サイパンの隣の島です。




ここは、サイパンで一番美しいといわれているバードアイランドです。
海の色は、絵の具の青のように真っ青でした。

サイパンは本当に美しい島でした。

ですがここに群生しているねむの木は、あまりに多くの死体を隠すために
空からまいた種から生えてきたものだということです。

私たちはこういう歴史を忘れてはならないと思います。
そして次世代に伝えていかなければならないと思います。

それが私にできるささやかなことです。  

Posted by ぬらちゃん at 14:10Comments(6)TrackBack(0)家族

サイパン3日目~マニャガハ島

2009年12月29日

(3日目)


3日目は朝からマニャガハ島ツアーです。
マニャガハ島は6年連続ベストシュノーケル部門第1位の美しい島です。
サイパンからは、ほんの15分くらいです。

船着場についたころには雨が降っていたのだけれど、
降りたら段々と晴れてきて虹が見えました。



ここがマニャガハ島です。
海は本当にきれいでした。



見えますか?左の方に細い魚の群れ。
上から見ても魚がいることが分かるんです。

さて、この島でまず何をしたかというと・・・



・・・・・
さてししうまは何をしようとしているのでしょうか。




飛んだの~!
パパも一緒です。
パラセイリングといいます。



こんなに高く上がりました。

よくやったよなあ~ししうま。

私?私はこっとんと海遊びでした。


実はししうまたちの前に私の両親も飛んだんですよ。

4人が帰ってきて早々私に言ったのは、
「話のタネに、お前も飛んできなさい」

良かったよ~キレイだった~楽しかった~と、
口々に言っていました。



その後は、サシーシュノーケルといって、ボンベを背負ったシュノーケルをしました。
スキューバと違って潜らずに、
浮き輪を持って、浮いている状態で、スタッフの方が引っ張って行ってくれます。

1回目は、ししうまとパパとジジです。
2回目に私と母がやりました。

こっとんはできないのでお留守番です。



ししうまが持っているのはなまこです。
私も持ったんですけど、気持ち悪い~~~~



魚でいっぱいです。
普通に泳いでいるところでも魚が見えるくらいなので
(だからこっとんものぞきめがねを使って魚を見ることができました)

深さが5~6メートルくらいあるところのポイントは、魚だらけ。

魚の社会にお邪魔させてもらっているという感覚になりました。

皆それぞれが群れて生きていて、
本当に美しかったです。

虹色の魚もいました。



その日はクリスマスだったので、
私たちを連れて行ってくれたのはサンタさんでした~

上に写っているのが私と母です。

サンタさんは海の中を自由自在に動き回ります。



私たちがシュノーケルをしたときに、
30センチくらいあるダツを見ました。

大きい!白い!きれい!

くちばしがとがったサヨリに似た魚がこの島にはたくさんいました。



一日遊びまくって、大満足。
お天気ももったし、本当に良かったです。

海も砂浜もとてつもなくきれい。

やっぱり南国は最高です!!

(つづく)  

Posted by ぬらちゃん at 06:18Comments(10)TrackBack(0)家族

〇〇〇〇に行ってきました!

2009年12月28日

27日に無事に南国から戻ってまいりました~

場所はサイパンで~す。

ししうまが2歳半の時にグアムに行って以来の海外でした。

じいちゃんのこともあって、12月に入ってから急に、「行ける時に行っておこう」と、
海外旅行の話が浮上しました。

それから忙しかった~
ケアンズだ、サイパンだ、名古屋発だ、福岡発だ、
12月だ、1月だ、3月だと、話が消えたかと思ったら、また再浮上。
パスポート取得も含め、段取りを1人でやっていたので、とてもヘトヘトでした。

ですが、何とか、無事に行くことができました~。
あ~良かった。


(1日目)

名古屋発は21時でした。
子どもはとっくに寝ている時間なので、ちょっとかわいそうだったかな。

航空会社はノースウエスト航空。ですが、デルタ航空と合併したために、
乗った飛行機はデルタ航空でした。


←機内食です。子どもはチャイルドミールをリクエストしてもらいました。
グアムに行った時のコンチネンタルよりはずっと豪華だった~
夜だからかな。










→大人用の機内食。
鶏肉の照り焼きがおいしかったです。






子どもは飛行機の中でグッスリ。
席もがらがらで余裕があって、隣の人がいなかったので、
子連れ旅行者にとってはとても気楽でありがたかったです。

ですが私は眠れなかった~
飛行機の音がやたらうるさい。
機種のせいかもしれませんが、うるさかった。


着いたら夜中の12時半。
子ども達は起こされて、入国審査です。
ここで少々手間取り、やっとサイパンの地を踏みました。

夜中のサイパンはクリスマスイルミネーションでとてもきれいでした。
ですが雨が降ってる!

実は天気予報はずっと雨だったのです。しかも雷雨ね。

でもサイパンの天気は変わりやすいとの事。
晴れることを祈ろう。

ホテルに着いたのは夜中の13時半くらいだったと思います。
先に着いていた福岡発の私の両親は起きていてくれました。

サイパンと日本の時差は1時間。
サイパン時間で3時(日本時間で2時)に眠りにつきました。


(2日目)



ホテルはどこもクリスマス一色でした。
朝起きると、外は曇り。どんより~~~~。
南国感がないじゃん!
雨が降っていないだけましかな。

子どもの体調を考えて、今日はゆっくりホテルで過ごすことに。

遅めの朝食をとり、早速海へ。
天気は悪かったけど、泳ぎました。

その後このホテル自慢のプールへ。

でも寒い!!!

こっとんは唇が青くなったので、早々に引き上げました。

その後こっとんは長~~~~~~いお昼寝。

その間に私は母と、ホテル前のショッピングセンターへ。




泊まったホテルの目の前が大きなスーパーでした。
道向こうを渡るのだけれど、止まれの信号は手の形です。




サイパンの繁華街とは離れた場所にホテルがあったので
地元の人の行くスーパーに行けたのはなかなかラッキーでした。

このスーパーとっても面白かった。

カートはやたら大きくて、びっくり。
何でも売っています。
しかもクリスマスイブだったので小さなバンドの演奏会もやっていました。

洗剤1つ見ても、楽しい~



でも食べ物は、何だかカビの生えているようなものも普通に売っていて、
すごく不思議でした。
日本じゃ考えられないですね。
このバナナもヤバイでしょう?



夜は、ホテルで評判のディナーショーを見に行きました。

ステーキが分厚くて大きすぎる。そして硬いんですけど。。。
ロブスターも大きくて、硬いんですけど。。。

料理は置いといて。。。

ディナーショーはとてもステキでした。

こっとんは踊っていたお姉ちゃんがしていた本物の花のレイをかけてもらってご満悦。
ジャスミンを大きくした花のような、とても良い香りがしました。

ホテルはワールドリゾートホテル。
プールが売りのホテルです。

グアムではPICに泊まったので、
今回も同じようにプールや海のアクティビティが料金に含まれているホテルを選びました。

ホテルは韓国人だらけ。
どうやら韓国系のホテルだったのかな。

韓国人はとても英語が上手です。

私たちはさっぱり~

子ども達もいろいろな言葉が飛び交い、戸惑い気味かな。

こうして2日目の夜が過ぎていきました。

(つづく)  

Posted by ぬらちゃん at 12:40Comments(2)TrackBack(0)家族

良いクリスマスを!

2009年12月23日

ちょっくら南国へ行ってまいります。k1-1

帰ってきたらまた報告します。

いつも見に来てくださる皆様。
ありがとうございます。h-2

27日に帰ります。

お元気でお過ごしくださいませ~icon23  

Posted by ぬらちゃん at 07:06Comments(12)TrackBack(0)私ぬらちゃん

大阪に行ってきました!

2009年12月16日

先日の日曜日、日帰りで大阪に行ってきました。
野田先生の「アドラー心理学特殊講義」の演習を受けに行ってきました。
テーマは「勇気づけ」です。


前日緊張で全く眠れなかった私。
頭が痛い。。。。こんなんで大丈夫かしら??


朝、6時半。
ブログにも遊びに来てくれるプリンちゃんが家に迎えに来てくれました。

うっすらと明るくなっていましたが、きれいな三日月t-7が出ていました。

プリンちゃんとお話していると、特急c-1の旅もあっという間。

問題は特急を降りてからだ!

地下鉄で本町という駅に行きます。
路線図を見るのも難しいですね。
方向が間違っていないかと、うろうろ行きつ戻りつしながらやっと着きました。icon11


まだ誰も来ていません。
緊張しながら一番前の席へ!(私も度胸がついたものだなあ。。。)
プリンちゃんとは、あえて前後で座りました。

あっという間に人はどんどん増えていって、60人くらい入ったかしら??

中には、先日鈴鹿に来てくださって私にヒントを与えてくださった京都の方、
プリンちゃんのパセージのときのリーダーさん、
近畿地方会の時にお世話になった方々、
プラサードでお会いした福岡の方、などなど。。。
たくさんの方がいて、ホッh-1としました。


さて、いよいよ演習ですが。。。。
この演習は、パセージよりも一歩進んで「勇気付け」を考えていこうという講座です。
パセージよりはちょっと難しい。

それもあってか、進み方が、速い!!!
つ。。。ついていけない。

二人一組でどんどんセリフになっている例を話していきます。

噛みしめている暇がない。

ただただその都度その都度を一生懸命にこなし、
野田先生の言葉を書き留めることで精一杯でした。

でも。。。野田先生のお言葉は、ヒントでいっぱい。
ああ!聞き逃したくない!!!!


パートナーになってくれた先輩は、本当に開いた質問がお上手で、
短い時間の間にも私のお話を聴いてくださいます。

私は考え込んで口ごもってしまうのですが、
細やかな開いた質問のおかげで、
短い時間の中でも考えさせていただくことができました。

私は先輩にすっかりおんぶに抱っこ状態で。。。
ああ!申し訳ありません~~~~~~icon10

終わってからも、「楽しかったですよ~」と言ってくださいました。

ホント、アドレリアンの先輩方ってすごいです!
私は勇気づけられっぱなし!
常に勇気付けであふれているのです。

お返しできなくて。。。

いつか、お返しできるように、が。。。頑張ります。(いつになるやら)


演習の内容は、正直言って、いまだしっかり噛みしめている時間がないです。
これからテキストとメモを見ながら、
出されている例題などを考えてみようと思います。


そんな中でも一番にヒットしたこと。

それは、「話の仕方に関連した勇気づけ」

その中に「感情や考えを聴く」というのがありました。


子どもとの話の中で、「どんな風に思った?」とは、なかなか聴きません。

というのは、私が子どもの思いを決め付けているからだと思いました。
私の先入観で、「悲しいに決まってる」「嬉しいに決まってる」と、決め付けているからです。

聴いてみないとわからないのに。



今日はkoikoiで、早速この勇気づけ講習で学んだことを使って、事例を考えてみました。

メンバーは、ある出来事に対して、「子どもにどう声をかけたら良いかわからない」と、
悩んでおられました。

使ったのは、第1章の「話の仕方に関連した勇気づけ」のみだったのですが、
これを使ってロールプレーをしてみると、

スラスラスラと、口から言葉が出てくるではないですか。

しかも、子どもはしっかりと自分の問題を自分で考えて答えを出せることに気がつきました。


すごい~~~~~!f1-12


事例を出してくれたメンバーも、
「何ていったら良いかわからなかったけど、これなら、できそう」と言ってくれました。

早速、自助グループに活かせてよかった。

これからも少しずつメンバーにシェアしていきたいと思います。

最近、koikoiの皆が大きく成長してきているのが分かり、すごく嬉しいです。
皆で大きくなっていけるような気がしています。  

Posted by ぬらちゃん at 16:34Comments(14)TrackBack(0)アドラー心理学 講座

価値観の違い

2009年12月08日

先日、ししうまのマラソン大会がありました。

結果は1年生中(といっても60人くらいですが)何と。。。2位!

すごい~~~~~f1-12
私、マラソンのような、面倒くさくて、疲れを感じるものは、
断然無理!!だった子どもなので、

2位なんて!

私の子か???(ごつパパの血だなf1-5


前もって何度か練習があるのですが、

「ボク1位だったよ~」と帰ってきて、5分27秒

次の練習の時は、

「3位だった~」と帰ってきて、5分13秒

そして本番。
2位。5分3秒


すごい!どんどん速くなっているではないか!


ああ・・・ナマケモノの母は恥ずかしいぞ。体が重くて走れないぞ。私。。。f1-8

何てししうまは軽やかなんだ!

・・・まあ、そんな私のツブヤキは置いておいて。。。f1-5


マラソン大会の前日、熊本のジジ(私の父)に電話。icon29

ししうまがこんなに速いなんて、ジジは絶対に喜ぶよ~k1-6

意気揚々とししうまはジジに電話。

a-8「ジジ~ボクね~マラソン大会の練習でね~1位だった!
二回目は3位だったよ。明日はマラソン大会だよ~」


するとジジ。
「お~!それはすごいな。
3位?どうして3位なの。1位をとれ~」

「う。。。うん~a-8

「どのくらい走るんだ?1000メートル?
5分13秒?オレより早いな。f1-5

「ししうま、早い子についていってだな~、
ゴールに近くなったら抜かすんだぞ~」

「う、うん。a-8


ししうまは明らかに困っていたけれど、私は、笑ってk1-1、聞いていました。


ししうまは、プレッシャーを強く感じるタイプなので
以前の私だったら、「そんな風に言わないでほしいicon08」と、イラッとしていたでしょう。

プレッシャーを与えないでよ~!自分の力が出せなくなっちゃったらどうしよう。f1-6
そんな言葉、聞かせたくないよお~

・・・と、思っていたでしょう。私の子どもは私が守る!f1-9的な。。。?


ですが前記事に書いたkoikoiの事例に出会ってからは、

「1位になれ」という父の価値観も「一生懸命やればいいじゃない」という私の価値観も、
どちらもあり!だなと。
どちらかが間違っているわけではないなと。

父は父なりに、何か1つでも1位になったりすると自信につながるから!
そうすれば、他の事でも一生懸命取り組むようになる。

という想いがあるようです。


私にしても父にしても、「ししうまが成長してほしい」という点で目標は一致しているのですよね。

そういう接し方は嫌だなあと思っていたけれど、今は、ありがたいなあと思っています。
いろんな人がいるもの。無菌状態では暮らせないし、
人の数分の価値観があって当然だ。


こう思えるようになって、私はずっと楽になりました。f1-4


マラソン大会当日の朝、ししうまは私に

「ボク。。。1位にならなくちゃいけないの?a-8」と聞いてきました。

私は大爆笑k1-6で、
「あははは。ジジには言わせてあげれば良いの!ジジはししうまが速くて嬉しくて仕方ないんだから」

ししうまはホッとした顔で、学校にに行きました。

朝、母に電話すると、母は母で、
「もう、お父さんはあんなこと言って。
前の子についていくよりも速く走れるんだったら1番で走った方が良いじゃない。
そのほうがずっと楽なのに。変なこと言うんだから。」

あはははは。価値観はいろいろだ。

いろいろあって面白いわ。k1-1


マラソン大会が終わって、父に電話しました。

「ボク一位にならなくちゃいけないの?って言うんだよ~k1-1
だからジジには言わせておけばいいのよって言ったの~喜んでるんだからって~k1-6

父は電話の向こうで大爆笑!
「あんまりプレッシャーをかけないようにしなくちゃなあ。」ですって。

うふふ。
いい思い出になりました。f1-4

美しい日々です。  

Posted by ぬらちゃん at 07:56Comments(18)TrackBack(0)アドラー心理学

日常がいかに輝いているか

2009年11月29日

ここのところ、自分にまた気持ちの変化が表われてきたような気がします。

とてもとても不思議な感覚です。

簡単に言うと「日常が美しく見えることがある」のです。(常に見えると言わないあたり。。。icon10えへ)

キモイ??f1-5

私もびっくりしています。


これは、「家族会議」が関係していると思います。

あれから家族会議を5回ばかりしていますが、
家族会議の効果がすごい!!

効果って、あんまり言いたくないな。
どちらかと言うと家族会議をすることで贈り物をp-2もらったような気分です。

話し合っていることはとてもたわいもないことです。

毎回、はじめに、
「1週間の間で頑張ったことやうれしかったこと」
「1週間の間で家族の人にしてもらって嬉しかったこと」
を話します。

普段そんなに考えていないから、前日のことを言ったりですが、
とてもあたたかな気持ちになります。

いつもは、「ありがとう」で終わることも、
家族会議の場であげると、子どもたちはとても嬉しそうです。k1-1


しかも私は、自然とごつパパに対する感謝の気持ちを家族会議で言っていることに気がつきました。
「パパが生ゴミを捨ててくれて嬉しかったです」
「みんながインフルエンザにかかったとき、パパがおうちの仕事をしてくれて嬉しかったです」

ごつパパには、なかなか言いにくい「ありがとう」の気持ちを、
言葉で伝えることができました。f1-4


「困ったことや相談したいことはありますか」というところでは、

「こっとんがテレビの前で遊ぶのでテレビが見えません」という相談がでました。
その話し合いの中で、
「リビングは誰の部屋だと思いますか」と聞いてみると、
「みんなの部屋」とししうまが答えてくれたり、
「今度やったらどうする?」とししうまが質問してくれたりしました。

私はししうまがこんなことを考えられるのだと、感動していました。f1-12
親が思っている以上に子どもが成長していることを感じることができました。


それに、例の洗濯物をたたむ件ですが、
知らぬふりではなく、お願いすればたたんでくれるようになりました。(たまに逃げますが)
こっとんは何も言わずともたたんでくれます。


そして我が家ではすでに大掃除の一部をすることができました!(スゴイ!f1-12
いつもは親主導でやっていた大掃除。
全部するのは到底無理でやらずに終わっていたところもあったり。。。

そんなあんまり好きではない行事の大掃除でしたが
大掃除をどうするかということを議題にあげて、家族会議で話し合い、
「あたたかいうちに外回りの掃除を済ませること」
「家族会議が終わったらお風呂と洗面所の掃除をすること」が決まり

先週のうちにお風呂と洗面所、そして外回りはキレイにすることができました。k1-6


すごくないですか?(自画自賛f1-5


実際に仕事が進むということもそうですが、
何よりも自分の変化。

「私は、家族に助けられて生きているんだ」と、感じちゃってる自分に驚きます。



そんな矢先、あるきっかけで、1年近く前、koikoiで挙げられた事例の話をする機会がありました。

その事例はkoikoiにとって特別な事例と言っても過言ではなく、
koikoiメンバーはみんな、この事例のおかげで多くのことを学びました。


簡単に言うと、親戚のおじさんと自分の子(当時4歳)が権力闘争に陥ってしまったというお話です。
ああ言えばこう言う、ああすれば、こうするのまさしく悪循環。

親戚とはいえ、他人と自分の子が権力争いしている図は見るに耐えない光景だと思います。

反抗心を見せる我が子。

それを上から強烈に否定する親戚。

自分の子が悪いと言われることは、
私たち母親からすると自分の育て方を否定されているような感覚に陥ります。

かといって、親戚だからこそ、気まずい雰囲気から脱したい。

実際事例提供をしてくれたメンバーは
当時、本当に辛そうで、出口が見えない感じでした。

話を聴いていた私たちも、彼女の辛さが痛いほど分かり、
でも何て言ったらいいのか、途方にくれていました。


すると、鈴鹿のリーダーさんが、そんな権力闘争で激しく争っているその話を
「うらやましい」とおっしゃったんです。
「自分の子どもにもそんな体験をさせたいわ」と。

核家族の多い昨今、親戚のおじさんに叱ってもらうという経験ができるなんて、うらやましい。
いろんな人がいて、いろんな価値観に触れるという経験ができて良いね。と。

そんなリーダーさんの話を聴いて、
その場が凍りついたような空気だったのが、溶けて、
何かあたたかなものが広がったような感覚になったのを今でも覚えています。

最近このお話をさせていただく機会があり、
そこにリーダーさんがレスを付けてくださいました。

少し引用します。

koikoiで、Aさん(事例提供をしてくれたメンバー)の事例を伺いながら、
悩んでいるAさんとはうらはらに私は「美しい物語」だな、と思いました。
Aさん夫妻はもちろん、おじさんも登場してきたおじいちゃん、おばあちゃんも、
皆でBくんを育てていこうとしている。
それもパセージでいうところの
自立する、
社会と調和して暮らす
に向かっている、言葉は違っても親族一同の目標は一致しているんだな、と思ったのです。
方法が違うだけなんです。
そしてそこには父母の、祖父母のそしておじさんのあふれんばかりの愛情があるのです。

そういう愛情があっての価値観の違いを経験できるBくん、は幸せだなと思ったのです。
そしてそんな中で伸びやかに成長しているBくんがいることを感じたのでした。



まさに私たちははじめ「辛く悲しい物語」として聴いていたものが、
「美しくあたたかな物語」に一変した感覚を味わいました。


このお話を噛みしめながらここ最近過ごしていると、

家族会議の効果も重なって、
私が生きている「今」が急に美しく輝いてicon12見えるようになってきました。

家族でいながら、とても自分本位に生きてきたのですが、
私は家族の中で生きており、

それがとても何にも変えがたいものなのだと口先だけではなく、
心の底からわきあがるような、
じわ~っと温かなものが広がるような、そんな感覚になるときがあるのです。


キモ~~~~~イk1-6


そうするとね、変な話ですが、このテレビっ子の私が
テレビを消したくなったのです。f1-12

何?何が起こったの?!私!


いつもは、何も感じずに、ただ過ぎていくだけのこっとんの行動が
やたら愛しい。

こっとんが怒っていても、
ししうまとケンカして泣いていても、
訳のわからないことを叫んでいても、

何だかまぶしい。h-8

ししうまにしても同じです。

ししうまがランドセルを背負っている姿、
宿題をしている姿、
好きなものは後に残して食べる姿、
こっとんに悪さをしている姿でさえ、

何をとっても何だかまぶしいぞ。h-8

目を細めている自分に気が付きます。


テレビが何だか邪魔。

テレビ命の私が!!!

不思議~。。。

あ~アドラー心理学を知ってから私は不思議体験の連続だわ~


もう1つリーダーさんの言葉を引用します。

子育ては一人でするのでは決してなく、
夫婦でするのでもなく、
大勢の人々の中でしていくものだなと思います。
この当たり前のことを、子育てに忙しい母親はよく忘れるものなんですね。私もそうだったように。



ああ。。。更に日常が輝いて見えます。h-8

今でもわだかまりが捨てきれない、隣の義父母に対してでさえ、

義父母なりの価値観で子どもを良い方向に導きたいと願って、
子どもと接してくれているのだ。

何だかまぶしいぞ。
この生活も悪くないのかもしれない。

私は今「美しい物語」の中で生きているような気がしてきた。




すこ~しづつ。k1-2icon10  

Posted by ぬらちゃん at 06:58Comments(10)TrackBack(0)アドラー心理学

小さい子のための野球

2009年11月21日

9月の終わりから11月の始めまでの日曜日に、親子野球に参加しました。

ホンダの野球部のOBさんが教えてくれるというもので、
ホンダの野球場で行ないます。

幼稚園から低学年限定。
親子で一緒ということで、ししうまも不安なく参加をきめました。




ホンダの野球場です。
キレイ~~~~~!
天然の芝がきちんと管理されていてとてもキレイ。

こんな大きな球場が家のそばにあるだなんて!知らなかった~~~~

そばにはサッカー場も、ラグビー場も、テニスコートも、体育館や室内練習場もありました。




準備運動をします。
ちゃっかりこっとんも一緒にやっています。



ぷにょぷにょのボールがたくさん用意してあって、
ボールのとり方、投げ方などをきちんと教えてくれます。

ごつパパはサッカーをやっていた人だったので
野球のこういった基本を教わることは初めてだったそう。
教えてもらってとても喜んでいました。


OB?現役?の方が何人もいて、
細かく教えてくれます。




基本を学んだら、実際に、ゴロを取って一塁に投げるという練習をしていきました。
ゴロを転がしてもらう前に「お願いします」と言ったり、
「さあ、来い」と言ったり。
声をかけることも学びました。

グループごとにOB(現役?)の方がいてたくさん声をかけてくれたり、
教えてくれたりしました。



バットはプラスチックのものがたくさん用意してありました。
T字の上にボールを置いて、打つ、Tバッティングをしました。

親はボール拾いです。



最後にはTバッティングで打ったら走る。という一連の流れを試合形式でしました。

親は一塁や外野にいるのですが、守備がうまい。
本気です。アウトもたくさん取りました。


この野球教室に参加して本当に良かったです。

親が教えられないことをきちんと教えてもらえたというのも
もちろんありますが、

ここは勇気付けであふれていました。
教えてくれる方たちが常に声をかけてくれる。

みんな初心者なので投げられなかったり、取れなかったり、打てなかったりというのが
たくさんあるのですが、
否定的な言葉は一切なく、励まし、声をかけ続けてくれました。

知らない大人に出会えたことも収穫でした。


何よりも野球がもっと好きになりました。

こんな経験が親子でできてとっても良かったです。  

Posted by ぬらちゃん at 07:30Comments(7)TrackBack(0)子ども

どんな家族になりたいか

2009年11月16日

一回目の家族会議のあと、
鈴鹿のパセージリーダーさんと、京都のアドレリアンの方と
お話しする機会があり、

1回目の家族会議でうまく行かなかったお話をしました。

その時に、
「私は、家族の一員としてみんなで協力し合える家族になりたい」とお話した時、

「お子さん達はどんな家族になりたいって思っているのかしら」と言って下さいました。


そうだよな。。。
私もそうだったけど、「どんな家族になりたいか」なんて、今まで気にも留めていなかったもんな。
子ども達にもどんな家族になりたいかを聴いてみよう。

自分が目指す家族像があれば、
それが「家族の一員として暮らす」という信念を育むのにつながっていくような。。。。

。。。そんな気もする。。。ぞ?f1-5


二回目の家族会議は
10月24日(土)、前回の一週間後です。

議題は家族旅行。
ですが、親のほうに迷いがあったりでこの話も継続審議に。

その後、「どんな家族になりたいですか」と家族に聴いてみました。

すると答えは「え~・・・??」

私と同じように、そんなこと考えてもいなかったので
答えに詰まったようです。

そこで出たのが
ししうま「フツーの家族」

普通って何さ?f1-5

そのあとちょっと考えて、「遊ぶ家族」

こっとん「ご飯をみんなで食べたい」

???みんなで食べたいね~

ごつパパ「居心地のいい家族」

私「話し合えて、協力できる家族」

みんな考えてもいなかったようなことだったから
何だかそれぞれ抽象的だな~

でも、ししうまやこっとんにはまだ難しいかもしれないけど、
親がどんな家族になりたいと思っているのかを伝えることができたのは
いい機会だったように思います。



その後、自助グループで先日から読んでいる実践報告のことをみんなで話し合う機会を持ちました。
そのときに鈴鹿の先輩アドレリアンの方に
小さい子どもがいる場合の家族会議の議題の例を教えていただきました。


・1週間(などの一定期間)に家族が自分にしてくれた嬉しかったこと。
・同じく、その間に自分が前よりできるようになったがんばったこと。
・今度の休日(などちょっと特別の日)のメニューについて。



形から入る私は早速それを使って3回目の家族会議です。
2回目の家族会議から2週間後です。

11月7日(土)

まず「2週間の間に嬉しかったことやがんばったことはありますか」

こっとん「発表会に出てうれしかったです」(ヤマハの発表会に出たこと)

ししうま「学校で、1-1対1-2でサッカーができて嬉しかったです」
    「明日の野球では円筒で30メートル越えるようにがんばります」

ごつパパ「昨日こっとんが風邪かと思ったけどそうじゃなくて良かったです」

私   「こっとんの発表会と、ししうまの野球で二人ともとてもがんばっている姿が
     見られて嬉しかったです。」


次に「2週間の間に家族の人にしてもらって嬉しかったことがありますか」

ししうま「ママが僕の名前の漢字を教えてくれて嬉しかったです」
    「パパが月曜日お休みになって嬉しいです」

ごつパパ「昨日ししうまがこっとんの心配をして、
     夜熱があがって何かあったら言って良いよと言ってくれて嬉しかったです」

私   「お風呂を上がってから、遊んでいたおもちゃを
     二人で片付けてくれて嬉しかったです」
    「パパが生ごみを捨ててくれて嬉しかったです」

その後メインの議題を話し合った後、「どんな家族になりたいか」を、もう一度話し合いました。

ししうま「仲良しの家族」
こっとん「いっしょの家族」???

少し「どんな家族になりたいか」見えてきたのかな。

ちなみにその後、なんとこっとんが、
「ししうまが怒って困るんです」という議題を出してきました。(爆笑)k1-6



3回目にして、やっと話し合いが少しできたように感じます。

「嬉しかったことやがんばったこと」を話し合ったことで、
ししうまの学校の話をパパも聴くことができたりして新鮮でした。

普段平日はパパと朝しか顔を合わすことがないので
自分たちが知らないところでどんな生活を家族がしているか、
今まで興味もわかなかったことに、今後興味を持てそうです。


「家族にしてもらって嬉しかったこと」を話しているとき、
みんなニコニコといい顔をしていました。


子ども達は家族会議が好きです。

「家族会議はいつするの?」とか聴いてきたりします。

それはなぜか。。。

家族会議を良くやっているkoikoiメンバーが
「家族が共にそろうから家族会議が好きなようだ」と言っていましたが、
本当にそうだと思います。

家族がみんなそろって、テレビを見ている人、パソコンをしている人、
家事をしている人。。。と、バラバラで動いているのではなく、

みんなでただ集まる。

家族会議をするだけでも、この家族の一員と思って暮らせるのだと思いました。

議題も和室の畳を新しくしたいごつパパが
「畳を新しくしたいんだけどどう思いますか」とか、

ともすれば、夫婦で決めてしまうことも、
議題にあげることで、家族の一員として自分のことと考えて意見を言うことになります。

そうか~。。。

家族会議をすること自体が、
「家族の一員」という気持ちを育む
ことになるんだ。


あ~なるほど!ナットク。


「家族の一員と感じること」は、急に感じられるものではないかもしれない。
でも第3回目の時に感じた、「私たちは家族なんだ」というようなホッコリとした
あたたかい気持ちを重ねることが大事なのかもしれないなあ。。。

読んでいた実践報告に「思い出を紡いでいる」という言葉が出てきました。

あと15年もすれば、ししうまもこっとんも、家を出るかもしれません。
15年という期間はきっとあっという間だと思います。

その時間、私たちは家族として思い出を紡ぐのだ。。。
それができる今をもっと大事に暮らしたい。

臆病にならず、紡ぎたい。そう思いました。


何だか焦って、「家族の一員として生活するってどういうこと??」と
考えていましたが、
家族会議を重ね、価値を伝えることを恐れずに、自分自身が家族の一員として暮らすことで、
少しずつ変わっていけるかもしれない。。。。

ボンヤリとそんなことを思っています。


洗濯物をたたむことは、
「僕の仕事だと思っていなかった。ママの仕事だと思っていた」と言ったししうま。

先日、友人がうちに来たときも、愛知にいる友人の家に行く時も、
洗濯物をたたむことや部屋を片付けることをイヤイヤながらも共同の課題にしてくれました。

愛知の友人の家へ行く時なんて、
普段なら、私が1人で食器の片づけから洗濯物干しから行くための準備やらをやって、
横で子どもは遊んでいる状態で、
いつも時間がなくて、何かを山のままで行くことがほとんどだったのに、

その日はみんなが手伝ってくれて、
部屋の掃除までして、友人宅へ行くことができました。

私の中のモヤモヤがどれだけすっきりしたか!k1-1

私が求めていたのはこれだ!と思いました。

家族のみんなに心から感謝しました。


伝え方は下手だったけど、臆病にならずに価値を伝えてよかった。
いまだ信念が育っているとは言えないと思うけど、
こういうことの積み重ねなのかもしれない。

私がいろいろなことをぶら下げて生活しているように、
子どもにもぶら下げる時間が必要なのだと思いました。


ゆっくり、ゆっくり、
家族との時間を大事に紡ぎながら、どんな家族に成長するのか、
とても楽しみです。k1-1  

Posted by ぬらちゃん at 05:30Comments(10)TrackBack(0)アドラー心理学

価値を伝える

2009年11月12日

アドラー心理学を学んで、
子どもとの関係やごつパパとの関係は随分良くなったと実感しています。

ですが、あるアドラー心理学の実践報告を読むうちに、

言ってしまえば「子どもの課題」だし~~~~、
言ってしまえば「親の課題」だし~~~~と、
スルーしていた問題が自分にいくつもあることに気がつきました。


「お手伝いって何?」の記事から書いていることはまさにその中のひとつ。

洗濯物の片付けは「私の課題」であって、
「子どもの課題」ではないのだから、やらなくても良し???

こっとんが出したおもちゃは「こっとんの課題」だから
ししうまや私はやらなくても良し???

もちろん「共同の課題にして」とお願いするのですが、
「イヤ」と言われると、「・・・・・」

何も言えずに終わっていました。


私は臆病になっていました。


子どもとの関係は良くなったし、
ごちゃごちゃ言って自己嫌悪になるのは私だし、
第一面倒だし、

ま、いっか~~~~~・・・k1-9

でも、↑これが「自分には関係がない」という心を子どもに育んでしまっていたんですね~。。。


その実践報告の中に「価値を伝える」という言葉が出て来ます。

例えば「食べている途中に遊ばない」とか、
「お箸の持ち方」や「使い方」、
「トイレの使い方」や「部屋の片付け」など、

行儀であったり、文化であったり、便利な方法であったり、
そういったものの意味を伝えるということをおざなりにしていた気がします。

なぜなら「子どもの課題」だったり、
「不適切な行動に注目しない」こととして捉えることだったり、
「いずれ消え行く行動」だったりするからです。

いや、↑こういうことを言い訳にして、ただ単に面倒だからです。(が~んk1-10


そこで実践報告でやっていたのは「家族会議」です。

冷静に「価値を伝える」ためにも、家族会議は有効だなと思いました。

形から入る私は早速やってみました。


でもこの家族会議、実は失敗談です。。。icon11
うまく話し合いにならなかったです。

1回目は、10月17日(土)、ちょうどおやつの時間の前くらいでした。
終わってからみんなで食べるための
子どもの好きなココアや大人のコーヒーf-2、そしてデザートを準備して
「家族会議はじめるよ~~~~」

議長はごつパパ。書記は私。

議題は「たたみの部屋を片付けるにはどうしたら良いか」


まずはたたみの部屋が片付かない理由を話し合いました。

ししうまが「遊んだあと片付けないからだと思う」と。
そして矛先はこっとんに。


「こっとんはどうして片付けないの?」と聴くと、

a-7「う~んとお・・・こっとんはね~、ウンタラカンタラ(分けのわからないお話)をして、
ママに~手伝って欲しいのお~1人ではいやなの~」

あ。。。そうなんだ。
それは意外な発言でした。


でも、家族会議が誰かのつるし上げの場にしたいのではないので、
自分から言いました。

「じ。。。実は~・・・f1-2
ママも、洗濯物をたたみの部屋に山にして置いてしまっているんですけどぉ~・・・
それはどう思いますか」

「洗濯物の山は仮面ライダーの遊び場になるからいいよ」と、ししうま。

全くししうまらしい。。。(苦笑)
ししうまは私のことをかばってくれようとしているのです。


「早く片付ければ良いと思います」と、ごつパパ。

うん。そうなんだよね。パパの言っている気持ちは分かるのですが、ここはあえて。。。

「他人事に聞こえるんだけどk1-9。。。洗濯物は誰がたためば良いと思いますか」

「家にいる人がやればいい」とししうま。

「と、ししうまが言っていますが、どう思いますか?」

「やっぱり違う。う~んわからない・・・」と、ししうま。
(彼は他人の顔色を伺っている。誰かの「正しい」に沿おうとしている気持ちが強いな。。。)

「ママは、みんな家族の一員だから自分のこととしてお仕事してほしいと思います。
他人事だから片付けなくても良いと思っていませんか」

「・・・・」

あ~これだと私の一方的な意見の押し付けになっちゃう気がするよお・・・f1-6
何かうまくいかないよお。。。

その後、たたみの部屋が物が多いことを指摘し、
ししうまが「要らないものは捨てたり二階に持っていく」と提案して、
家族会議のあとデザートを食べて、全員で1時間で片づけをすることに決まりました。

そしてみんなで片付け。
おかげでたくさんのいらないものを処分することができました。k1-1

でも、集中力が続かなくて、ししうまとこっとんは
片付けているおもちゃで遊びながらでした。k1-10


価値を伝えるって難しい。
。。。と、実感させられる家族会議でした。

家族会議自体もうまく話し合いにならなかったな。。。
話があちこちに飛ぶし、完全に失敗でした。


ですが、
前々記事の、私が片づけをしていたら、
子どもが自分から片付けようと言い出した話しは、

この会議のずっと後の話なのです。

つまり「何か」が伝わったと思うんだけど。。。
でもその「何か」が怪しい。

失敗したので、違う方向から
他にもいろいろと取り組んだのですが、
それはまた今度。


現在愛知県安城市でパセージを受けたい方を募集しています。
興味のある方はオーナーメールを下さいませ。
  

Posted by ぬらちゃん at 11:00Comments(12)TrackBack(0)アドラー心理学

ブログ2周年

2009年11月10日

11月8日でブログをはじめて2年が経ちました。

まだ2年?
信じられな~い。

・・・・というくらい、ブログのおかげで濃い年月を過ごしたような感覚があります。

ありがたいことです~h-1

このブログサイトは、ネオナチュラルさんという、石鹸を作っている会社のサイトです。


ここに来てくれるまっきーちゃんが
卵巣のう腫を持っている私を心配して

婦人科系の病気にはシャンプーが関係しているかもしれない
という情報をくれました。

そこで天然成分で作られているシャンプーをネットで探して、
行き着いたところがネオさんでした~

お手ごろ価格(ここ大事)でありながら、しっかりとした商品。
しかも会社が名古屋というのはとても親近感を持ちました。
(以前愛知県に住んでいたので)


使い始めて数ヶ月、ネオさんがブログサイトを作るという話を聴いて
ちょうど友人のとことこが始めたこともあり、
やってみようかな。。。と思ったのがきっかけです。


ブログをはじめているうちに、
あたたかいブログ仲間ができ、

ネオさんのオフ会に参加するようになり、

私の世界は大きく広がりました。


この2年の間に、
ネオさんは商品開発がぐっと進み、

とことこも商品を買うようになり、

今ではきっかけをくれたまっきーがここのサイトでブログをはじめました。


何か。。。すごいなあ~
どんどんつながっていく・・・f1-4


先日ブログサイトができて2周年ということで、
ネオさんが行なった2周年記念に
「ヒーリングローション」が当たりました~




キャ~嬉しい!k1-6
ネオナチュラルの皆さん、いつもありがとうございます。

これは精製水を使っていない自然のものだけで作った化粧水です。
ネオさんの製品は、

このヒーリングローションにしても、
クレンジングオイルにしても
ボタニックオイルにしても、
シャンプーにしても、

天然のものなのに、香りがとても良い~~~~n-1
癒される~ぅ

クレンジングオイルなんて、
初めて使ったとき、「何か」が出てきたもんね。k1-10

消しゴムのかすみたいなのが。
角質が取れたのかな。


とにかくネオさんの商品はおすすめです。


ブログを始めた頃は、主人との関係も子どもとの関係も良いものではなく、
これをどうしたら良いのかわからず悶々としていました。

ところがこの2年の間に、
アドラー心理学のことや日々の気づいたことなどを、
ブログという形にまとめることによって、
自分の考えを整理することで、
何かしらの糸口を見つけられたなあと思っています。

そしてブログを呼んでくださる皆様や、コメントを下さる皆様のおかげで、
「よし、もう一歩踏み出してみよう」と、勇気を持って前に進むことができたと思います。

2年間続けることができて、皆さんにとても感謝しています。
ありがとうございます。k1-1

今後ともよろしくお願い致します。  

Posted by ぬらちゃん at 13:51Comments(16)TrackBack(0)私ぬらちゃん

みんなの家

2009年11月04日

前記事で書いたように、
「お手伝いではなく家事への参加」というのを読んでからというもの、

「同じ家族という共同体に所属する一員」として協力して生活したいと思った私。


ですが振り返ってみると、私のひどい暮らしぶりが頭に次々と浮かぶではありませんか。k1-10


第一、家が「共同スペース」という意識がなかった。

この家は「みんなの家」と字面ではわかっているんです。
何となく協力し合う家族になりたいとか、そんな風には思ってはいるんですが、

実際に私がそういったことを思って行動しているかというと、
全くなし。。(あいたたたicon10


どちらかと言えば、ただ単に同居しているくらいの、
貧困なイメージしか持っていなかったように思います。


「みんなの家」というより「私の家」。

片付けなどの家事は私の課題であるなら、
「私の好き放題にしてもいい」と、履き違えていた気がする。。。。icon11

基本的に「放っていても平気」な私は、
前記事に書いたようにいろいろな山、山、山。。。c-7(どひゃ~)


その上、ちょっと疲れがたまっている時とか、
例えばどうして私だけがいろいろやる羽目になっているの~?f1-6とか思っちゃったり。

逆にたまに一生懸命掃除して、全く気づいてもらえなかったりすると、
一生懸命やってあげたのに、何かへこむ~f1-7って思ったり。

そして自分で思ったこととはいえ、
「やってやった」みたいな感じを思っている自分にムカついたりf1-14

むしろそれを他人のせいにしてみたりk1-10


そんな自分を目の当たりにすると、
何か違うよなあと思いながらも、モヤモヤしたままで終わっていました。


これが「家族という共同体」なんだという意識を持つと、
自分の感覚が少しだけ変わったような気がしています。


第1に、リビングが「共同スペース」だと思うようになりました。
感覚としては、ルームシェアリングをしている感覚。
私以外の人もいるんだから。。。という感じ。(どれだけ私の家の意識が強かったんだ)

そうすると、自分が放り出していた山(爆笑)を片付けようと思えるように。


何故かいそいそと片付ける私。。。。

あれ?イヤイヤという気持ちはないぞ?

そして何か良い気分~♪

やってやっている感もなく、どちらかというと責任を果たしているようなすっきり感。

そしてごつパパの顔が思い浮かび。。。
今までの好き勝手な私の生活に申し訳なさが生まれてくる。。。。


子どものおもちゃでいっぱいになっている和室も
いそいそと片付け。(といってもまとめているだけだけど)


子どもはその横で二人で遊んでいました。


その後、お風呂に入っている時に、ししうまが急に、
「ぼくa-8、お風呂から上がったら、さっき遊んだおもちゃ片付ける!」
と言い出したのです。

「こっとん、さっき遊んだものを片付けようねa-8

「うんa-7


そしてお風呂から上がると、二人で遊んだおもちゃを片付けてる。。。

おおおおおおおおお!何が起こったんだ????k1-14


何が起こったのかはわかりませんが、
いつもより家はすっきりして心地よい気分に。

これって、何だか嬉しいぞ。


でもこれは長続きするのか??
たまたま偶然起こったことなのか?


私の「家族の一員として協力するって何だ??」の旅は、続くのであります・・・・



現在愛知県安城市でパセージを受けたい方を募集しています。
興味のある方はオーナーメールを下さいませ。
  

Posted by ぬらちゃん at 06:27Comments(10)TrackBack(0)アドラー心理学