気がついてしまった・・・

2008年11月17日

実は今、鈴鹿でパセージをやっているのですが、
先週、「共同の課題」のところを
ぷくちゃんと単発受講してきました。

パセージは一度受けると、
単発で受けることができます。

「共同の課題」と、
「目標の一致」がさっぱり実生活に活かしきれていないので、
もう一度勉強しなおしです。

(以前のパセージ「共同の課題」の様子はこちら
。。。http://nuramama.jimab.net/e7093.html


始まってみると、
なるほど。。。1回目の時とはちょっと違います。

何が違うって。。。。

忘れてる~~~~が~~~ん!!

それに皆さん子どもに対する対応がとても丁寧で、
頭が下がります。

何か、私。。。やばくない??f1-5
すっかり忘れてるじゃんよ~k1-10


もう一度勉強だ~

まず「課題の分離」
これは子どもの課題なのか、親の課題なのか。


次に「共同の課題」にできるかどうか。。。

共同の課題にするためには、条件がありました。


1.子どもから親に頼んできた時
  (言葉ではっきりと頼まれてから手伝う。
   引き受けることも断ることもできる。)

2.子どもの行為の結果、親や親以外の人が迷惑をこうむった時。
  (誰かが有利、不利になるようなとき《兄弟げんかなど》は共同の課題にしない方がいい。)


ここで、やっぱり兄弟げんかはどうするのかというのがあげられました。


ぷくよちゃんが事例を挙げてくれました。

テレビを見ている弟に、
ちょっかいを出してくるお兄ちゃん。

足をつついたり、体を触ったり。。。。

弟はイライラします。
「やめて。やめて。」
「も~~~やめて!!」

それでもお兄ちゃんはやめてくれません。

「ママ~~~○○(お兄ちゃん)やめてくれない!!」


そんな時お母さんはどういう対応をしたらいいのだろう??


以前受けたパセージの時は、

兄弟ケンカについて、
ここでお互いの話を聴いて、どちらかが悪いとかお母さんが決めるのは
お母さんが裁いてしまう。
やはり介入せずに、
「怪我なくてよかったね~」くらいにとどめた方がいいのでは。。。という話になりました。


ところが、今回ロールプレーをしてみて、
気がついてしまいました。

私がいつもやっている兄弟ケンカに対する対応は
放任だということに。。。。k1-10



。。。というのは、
もし同じようなことがうちでもあったら、
私は課題の分離をして、
「兄弟ケンカには介入しない」と思い、

「やめてくれない」と下の子が訴えてきたら、
「お兄ちゃんに言ってね」と、言ってきました。


。。。。でもこの事例では、散々お兄ちゃんに「やめて」って訴えているよね~
うちでもそうだった~。
散々やめてって言ってる~

それなのにお兄ちゃんがやめてくれないから、助けを求めたのよね~
私がやっていたことはむしろ突き返していただけだ~

あははは~icon10

これじゃ、「お母さんは仲間」じゃないよね。


以前書きましたが、もう一度、
野田先生の言葉を引用しますね。


「課題の分離」というアイデアがある。
「子どもの課題に親が介入しないように」という文脈で普通は使われるのだが、
それは子どもに責任をもって生きてもらうためだ。

「勉強は子どもの課題」と言ったとき、
「子どもは世のため人のために役に立つ人材になるために勉強する責任がある」という意味だ。

しかし、そういう風に人は受けとってくれなくて、
「勉強するかしないかは子どもの自由だ」という風に受けとる。
 

アドラー心理学の世界には、社会への責任をともなわない自由や権利はない。

だから親は、全力をあげて子どもが勉強するように援助しなければならない。
そのための第一段階として「課題の分離」があるわけだ。
不登校に関しても同じことで、親は全力をあげて子どもの再登校を援助しなければならない。



兄弟ケンカは子どもの課題。
私は介入しないわ。
勝手にやりなさい。
ケンカをするのもあなた達の自由よ。。。。

。。。と、私は、「課題の分離」を放任育児に使っていたわけです。。。。icon11


子どもが「ママ~助けてよ~」と、
「共同の課題」にして欲しいと持ちかけていたのにもかかわらず、

「課題の分離」止まりで、そこから子どもの話を聞くことも、何もしなかった~


が~~~~~ん。(笑)


その日の夜、
やっぱりうちでも恒例の兄妹ケンカがありました。

「ママ~こっとんが、○○返してくれない~」
(子どもから言ってきた事なので、共同の課題にできると捉えていいよね。)

「そっか~こっとんどうしたかったの??」(開いた質問)

「・・・・」(2歳に開いた質問は難しい)

「にいにと一緒に遊びたいの?」

「うん」

「じゃあ、一緒にあそぼって言ってみたら?」

「あ~ぽ~ぼ」(あそぼ)

「いいよ~でもこれは取らないで欲しい。
こっちはいいよ」

こっとんとっても嬉しそう。



裁かない援助はできるよな~
何でこんなに簡単なことに気がついていなかったんだろう。

リーダーさんが教えてくれることはないのですよ。

そう。パセージのリーダーさんは答えを教えることはない。
っていうか、答えはないのかもしれないな~

私たちの話し合いを取り持ってくれているだけ。

でもそうやって、仲間の話を聞いたり、ロールプレーをしている中で、
自然と気がつく。

自分の力で気がつかないと、
ストンと落ちないんだよな~

そして落ちると。。。。変わる。
。。。。。気がする。f1-5


やっぱりパセージってすごい!

本を読むだけでは気がつかないことを、
いとも簡単に気づかせてくれる。


次の木曜日は「目標の一致」です。
次は何を気づかせていただけるのだろう。。。。楽しみだ。  

Posted by ぬらちゃん at 06:40Comments(13)TrackBack(0)アドラー心理学

夫婦って何なの?パート2

2008年11月01日

(注)かなり長いので読むのはやめましょう。やめるなら今です。k1-15

皆さん、前記事読んでくださってありがとうございます。
コメントくださって励ましていただいて、
どれだけ元気になったか知れません。

私は本当に甘ちゃんで、何もわかっていないのですが、
今回のこと整理してみました。


我が家は義父母と敷地内同居をしています。
同居とも違う、離れて暮らすのとも違う
独特な難しさがあります。

離れて暮らしていれば、
自分たちで選択していけることも、
なかなかそうはいきません。


義父母と自分たちの意見が合わないという事は往々にしてあると思うんですが、
そんな時、私はいつも悶々としていました。

なぜそういう考え方をするのだろう。
今の時代、こう考えるのが当たり前だ。(思い込み)

そういう捉え方は理解できない。
納得がいかない。


義父母も、きっと同じように思っているんですよね。

なぜ「嫁は」こういう考え方をするのだろう。
「周りの人」はみんなこうしている。(思い込み)

そういう捉え方は理解できない。
納得がいかない。


そして言われる。
「うちのごつに限って」、そんな考え方をするはずがない。(思い込み)

「嫁」のせいだ~~~と。


あははははicon10(本当は笑えないんだけど。。。)
こういう流れって多いのではないでしょうか。


私自身、義父母に関しての裁判記録が捨てられない。
もちろん私が裁判長です。

でも相手を裁いていては、この迷路の中から抜け出せないんです。


それはごつパパのことで実感しています。
スピリチュアルワークで、野田先生に、
「裁判記録を捨てなさい」と言われた時、
わかっちゃいるけど捨てられない自分がいました。

いつまでも根に持っている自分が。


子どもに対しては、素直にできることが、
相手が大人となると途端に難しくなってしまいます。


ごつパパに関しては、スピリチュアルを意識して以来、
その迷路から、片足だけ脱出することができましたが、
義父母に対しては、いまだ迷路の中です。f1-13


今回の問題を自助会で話しました。

そこでリーダーさんが、いつもとは違う方法で、
私の話を聞いてくださいました。


1つは、ごつパパと私のたった一つの会話を元に、
仲間が
パーソナルストレングス=その人の「強み」を引き出してくれました。


*ごつパパのパーソナルストレングス*

感情的にならない
状況をすぐに判断できる
素直に受け入れる
楽観的


*私のパーソナルストレングス*

行動的
引っ張っていってあげられる
物事をはっきりさせようとする
それ以上しつこく攻めない
同じ目標を探しだしている


その他にもいろいろな方法で、
開いた質問を投げかけてくださり、
私は思いのままにしゃべり続けました。

そしてスピリチュアルワークの時と同じ、
彼を愛せない自分に泣けてきました。k1-7


そして気づいてしまいました。
私が「世界征服を企んでいる」ということに。

これはスピリチュアルワークの時にも気づいていたことでした。

つまり私は、私の意見が全て正しくて、
周りの人を自分の思いのままに動かそうとしていたということ。

私の苦悩は周りの人が私の思うように動いてくれないから起こるのだということです。


あ~~~も~~~やだな~~~
こういうことに気づいてしまうと、ぐったり疲れる。f1-7

じゃあ、私はどうすればいいわけ???と思うわけです。


そうすると、究極な考えに陥る。

「私がいなくなればいいんだ」(これは常に思っている)
「離婚してこの辺の自立していない若くてかわいい子と再婚すればいいのに」
「そうすればみんな幸せだ」(思い込み)

などと。。。。


あ~これではダメだと思い直すのですが、

「まず世界征服の野望を捨てよう。」(野田先生が妄想の中で言っている気がする)
「世界征服の野望を捨てるということは、
親の言う通りに我慢して生きるということ??」(ちがうだろ~)
「わけわからな~い」


そしてドツボに。。。。

そんな時、リーダーさんと、たまたま瞑想の話をしていたことを思い出しました。
瞑想って何がいいことがあるのかさっぱりわからないと言ったら
野田先生の本を読んだら?と言ってもらって、
もう一度瞑想のところを読み直しました。


読んでいるうちに、
対人恐怖症の人の事例が出てきたんです。

対人恐怖症を治したいとやってきた人に対して、
野田先生は、

「対人恐怖症というステキな症状がなくなったらあなたは絶対に不幸になります。
対人恐怖症であるためにあなたがどんな得をしているか考えてみてください。
対人恐怖症を最大限に活用して、幸せに生きる方法を学ぶ決心をしてください」


これで対人恐怖症の症状はなくなったそうです。

「症状を嫌うから症状に嫌がらせをされるんです。
症状と仲良く付き合おうとすれば問題はなくなる」

「自分の中に問題点を見つけようとすると、
無限に見つかります。
雑草を根絶しようとしても無駄なんだ。
まずでっかい花を咲かしてしまえばいい。
そうすれば雑草は気にならなくなるから


これを読んで私は、
「世界征服のまま大きな花が咲かせられないのか」と考えました。

私は強みとは思ってはおらず、むしろ下手くそだと思っているのですが、

「リーダーシップをとる。行動的。」という強みを活かすように生きればいいのではないか。
(誕生数秘学で、未来が1。目指すところはリーダーシップを取れる人間。当たってる~)


あ~でもこの解釈は間違っているかもしれませんが、
その時はそれしか道がない様に思っていました。



そして気がついたんです。

私はごつパパのようになりたいのだと。
私は大学の頃の彼が好きだったんだと。


今でこそ、安定、安住を求めてリーダーシップをとれない、
言いたいことも言えない。自分の意見がない。
。。。と攻められる彼ではありますが、(誰に?私に。)

私が好きだったあの頃の彼は、
自由にのびのびしていて、
世界征服をせずにリーダーシップをとっていた人でした。
(彼の未来は5。目指しているのは自由に羽ばたくこと。当たってる~)

強く引っ張り過ぎない、押し付けない彼のスタンスが私はとても好きで、
自分が思うリーダーシップってこれだと思うものでした。


ところが三重に帰った途端、
そんな彼がいなくなってしまいました。

いろいろな影響があるんだと思うのだけれど、
そんな彼を「どうにかしてあげたい」と思っていた自分に気がつきました。

今まで彼と衝突することがたくさんあったけど
全ての発端は私の「今の彼はあの頃の彼とは違う」
「彼をあの頃のように自由にしてあげたい」という想いからだったのだと気がつきました。

「あの頃の彼に戻れば、私は彼をまた愛することができる」
という想いだったのかもしれません。


だから世界征服をたくらんでいたのだ~~~~~f1-16

彼を自分の思い通りにしようと思っていたのです。おそらく。


しかし私が彼を変えることはできない。
彼の課題に踏み込んでいたのは私だと。

彼の課題は彼に返そう。

そう思いました。



隣の義父母が絡んだ問題は、簡単に言うと、
AとB、どちらを選択するか。。。という問題だったのですが、

義父母ははじめ、
「自分たちの思うようにしなさい。Aを選んだっていいんだ」
と言っておきながら、
いざ私たちがAを選択したらとてもあわててしまって、
「Bだ。Bだ。」といい始めました。

彼の決断は、結局Bでした。


でも義父母の意見を飲んだのではなく、(結局飲んだけど)
仕方なしにBにしたのだということを伝え、
私たちは子ども達にはこんなことはしないと宣言してくれました。

ごめんなさい。わかりにくいですよね。f1-6



今回のことで、たくさんのことを勉強しました。

「自分の思い込みが自分を苦しめている」
「こうでなくては、こうあるべきだ」があるから苦しい。


そして時代の過渡期。

昔からいわれる「こうあるべきだ」。。。
。。。例えば長男は家に戻らなくてはいけない。
。。。家事は女の人がするもんだ。
。。。育児は女がするもんだ。

そういった考え方ができにくい時代になってきたということ。
今までの考え方を押し通そうとすればするほど
ひずみが生じる時代となってきた気がします。

例えば「家」に帰ったところで家はあるけど仕事がない。
女性が男性と同じように働いていく時代に、
家事も育児も女性というのは無理がある。


これにみんなうすうす感づいてきた気がします。
大谷さんが、今は20世紀の考え方から21世紀の考え方に移行する時というのは、
こういうことかと実感します。


そして「嫁とは」
お嫁さんというのは、その家を変えるために導かれているそうです。
私は何でこの「家」と対極にいる「私」なのか不思議でした。
そのくらい考え方が正反対。
でもご先祖様が変えることを望んでおられるのかもしれません。
(本当か???でもそう思わないとやってられないぜ)

そして世界征服の野望。。。。捨てられるかしら??心配。。。。
「こうした方がみんな幸せじゃ~ん」という独りよがりの確信から抜け出せるか心配。
また野望を持っちゃうかも。。。

でも方向性はわかりました。
「世界征服をしないリーダーシップ」

やっぱりリーダーシップをとるような方向に行くんだ。。。。
いやだいやだ。。。とはもうそろそろ言っていられないのかもしれません。

だってもう動き出してしまったのだから。。。。  

Posted by ぬらちゃん at 06:02Comments(39)TrackBack(0)アドラー心理学

叱るということ

2008年10月19日

アドラー心理学は、

「ほめても叱ってもいけない。。。。勇気づける」

と言われます。(詳しくは。。。http://nuramama.jimab.net/e2519.html


そのおかげでほめるということはずいぶんなくなり、
子どもの「貢献」に注目するようになりました。

「ありがとうh-1
「助かるよ~h-1



でも。。。。難題は「叱る」ほう。



私は叱られて育ってきました。
それも常に。

そのおかげで、問題点を見つけることが得意になりました。
同時に人の罪を数えるのも上手です。。。。

。。。。。だめじゃ~~~~~ん!!k1-10



大学時代、キャンプカウンセラーのサークルに入っていました。
とても体育会系の愛情あり、厳しさありの場所でした。


大学4年目になって、私は「叱り役」だったと思います。

その当時は、自分の愛情でそうしているつもりだったし、
メリハリを付けたり、個人を人前で攻撃せず、
全体に対して、叱ることをやってきました。


実際そういった「役割」をする人間がいないと締まらなかったり、
大学生の集まりなので、馴れ合いに終わってしまうこともあり、
これが自分の役割なのだと言い聞かせてきたように思います。

歴代の先輩方がそうしてきたように。



自分を「叱り上手」だとさえ思っていました。
その人たちに今一番必要なことを考えて、声をかける。
タイミングが合うと、叱るという行為がとても有効に働くような気がしていました。



そういったクセがついている私にとって、
「叱らない」育児というものは苦行です。

「あかんやろ?」
「ダメ!」
「何回も言わせないで!」

。。。。ここに書き込めることはこれくらいかしら。。。??icon11



それが子どもを「しつける」ことだと思っていましたし、
それ自体叱っているという感覚さえなかったような気がします。



そんな私がアドラー心理学を学んで、
叱らないように気をつけてきました。
不適切な行動を見ないように気をつけてきました。


でもそれって過保護なんじゃないの?
甘すぎるんじゃないの?
悪いことをしてしまうんじゃないの???


確かに叱ることをやめれば、
子どもとの関係は悪くはならないかもしれない。


でも、それでは、悪いことを野放しということ???



野田先生は
「アドラー心理学は
子どもたちが家族や社会に対する責任を引き受けて生きるように援助する方法」

とおっしゃっています。

「課題の分離」というアイデアがある。
「子どもの課題に親が介入しないように」という文脈で普通は使われるのだが、
それは子どもに責任をもって生きてもらうためだ。

「勉強は子どもの課題」と言ったとき、
「子どもは世のため人のために役に立つ人材になるために勉強する責任がある」という意味だ。

しかし、そういう風に人は受けとってくれなくて、
「勉強するかしないかは子どもの自由だ」という風に受けとる。

なんというアナーキズム! 

アドラー心理学の世界には、社会への責任をともなわない自由や権利はない。

だから親は、全力をあげて子どもが勉強するように援助しなければならない。
そのための第一段階として「課題の分離」があるわけだ。
不登校に関しても同じことで、親は全力をあげて子どもの再登校を援助しなければならない





これは野田先生のブログから引用したものですが、
私にはちょっとした衝撃でした。


。。。というのも、
アドラー心理学を勉強して、

例えば子どもが幼稚園や保育園などに行きたがらなくなった時、
幼稚園に行くことは子どもの課題だし、
子どもに任せてみて、それでも「行きたくない」と言うならば、
「そんなに行きたくないなら行かなくていいのではないか」

と、究極の考えになりやすくなっている自分や、友人がいて、

とても「行き過ぎ」てしまうんです。

行き過ぎると、いとも簡単にやめることを選択したり、
フリースクールを考えたりしてしまいます。


でもそんな究極の考えをする前に
きっともっと私たちにできることがあるのかも。。。



例えば朝起きることが子どもの課題だからといって、
急に子どもに任せてもうまくいかない場合もありますよね。

子ども一人ひとりによって援助の仕方が違って当たり前ですね。

そしていろんな援助をした後、
やっぱり朝起きることは子どもの課題~として、
子どもに返す。



そうか・・・・
自分が究極の考えやアナーキズムに陥りそうになったのは、
課題の分離と話し合うことに固執した結果だったのですが、

本当のアドラー心理学はそうじゃないんですよね。

なるほど、責任のとれる子に育てる援助なんだ。


それならばもっと丁寧に、
子どもとの生活を見直すべきかもしれないな~


ちょっと話がそれました。
「叱る」ことに戻しましょう。


例えば子どもが万引きをしたとして、
それについて、叱ることで、子どもが万引きをやめるのであろうか。。。と考えた時、

「叱られること」がかえって注目関心を引くことになり、
むしろ万引きがやめられなくなるかもしれない。


じゃあ、野放し?注目しないわけだから。。。。


そんなわけないですよね。
野放しでは「社会に対する責任を負った」とはいえない・・・


そこで、『援助』なわけだ。。。。


この『援助』が難しいな~



我が家では
ししうまが汚い言葉を使うので、どうすべきか悩んでいます。

こっとんがししうまの言葉をそっくりそのまま真似をするので、
言葉遣いが汚い。

「お前何してんだ~~~」とか言ってます。f1-10


不適切な行動が助長しないようにあまり注目せずにきたんですが、
あまりにもひどいので、
ししうまにこっとんが真似をするからやめてもらえないかと頼みました。

同時に良い言葉遣いのときに、
「今の言い方ステキだな~」と、適切に注目しようとしました。


でも私の言い方が、きつく感じたのか、
「ママ、僕のこと怒らないで」


怒っているわけではないんだけどな~~~icon10

どう勇気付けてあげたらいいのやら。。。???


今度の自助会にこの話を持って行こう。



で??叱ることについての答えが出ていませんよね。

きっと千差万別なのではないかと思います。


ん??答えにならない??

そんな時に読んだ岸見先生のブログ。。。とても心に響きました。

一部引用しますね。


子どもがもしも自分の行動の意味を知らないのであれば、
教えればいいだけのことで、感情的になる必要はありません。

もし知っているのであれば、先に見たように、
子どもはあえてそのことを行ったのですから叱ることは逆効果です。

叱らないという私の話を文膜の中で理解しない人は、
そのことだけをとらえて放任だという批判をすることがありますが、
歩きながらミルクを飲んでいてこぼしてしまった息子への対処を例について見たように、
放任、さらに子どもに代わって親が責任を取れば、子どもは無責任を学んでしまいます。

何もしないといっているわけではないのです。

ではどうすればいいのでしょう。

毅然とした態度で臨むのです。

ただしこれは言葉で理解できる以上にむずかしく、感情的になるのは容易です。
毅然としているつもりで、感情的で威圧的な親は多いのです。

私はこの毅然とした態度を威圧的な態度と区別しています。


講義をするために何度か富山に行ったことがあります。
いつもは、雷鳥号に乗るのですが、ある時、時間の関係で白鳥号に乗っていきました。
これは大阪発、青森行きの特急です。

雷鳥号ですと富山が終点なので安心なのですが、
白鳥は青森まで行くので寝過ごしてしまったらどうしよう、
と最初京都から乗った時は緊張していましたが、
講義の準備をするうちに、いつのまにか眠り込んでしまいました。

眠りに落ちて間もなく、急にまわりが騒がしくなりました。
見ると、途中の駅で、中年の男性が乗り込んできました。
指定席なのに、一つの席にすわったかと思うと、また別の席に移っていきます。

困ったことになった、と思っていたところ、しばらくして、車掌さんが切符を見にきました。
無賃乗車だったのです。
そのことはまわりの乗客にもわかっていたのですが、
私はめんどうなことにはかかわりたくないと思って何もできないでいました。

車掌はその人に切符の呈示を求めましたが、切符を持っていません。

「〔切符を拝見していないのは〕あなただけです。他の方の切符は拝見しました。
他の乗客の皆さんの迷惑になります。私はこの列車の責任者です。降りてください」

まわりの乗客は固唾を飲んでこの二人のやり取りを見ていました。
降りるようにといわれて、今にも殴りかかりそうな様子でした。
結局、その男性は、高岡駅で不満そうに降りて行きました。

この時の車掌さんの態度は、少しも威圧的では終始冷静なものでした。
その態度は毅然としたもので、勇敢に対処する姿は乗客の心を打ちました。
「私はこの列車の責任者です」という言葉に権威を振りかざすという響きはなく
威圧的な態度と毅然とした態度は違うものであることに思い至りました。



あ~~なるほど。
「やさしくきっぱり」だ~~~


でもきっと「やさしくきっぱり」を乱用したらダメなんだろうな。。。


例えば、話し合ってゲームをやる時間を決めたのに、
約束を破ってしまった場合、
ペナルティとして、約束を破ったら、その場でゲームは終わりと決めたのだから、

「やさしくきっぱり」「毅然とした態度で」
終わりであることを告げるべきってことかな。


なるほどなるほど。。。。と納得しつつも、

やっぱり、子どもを叱らず、
子どもとの良い関係を保ちながら援助するのは、
なかなか難しいな~と感じているのであります。



岸見先生のブログ、「叱ることをめぐって」の全文はこちら。
1と2があります。


http://kishimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-6abb.html
http://kishimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-515f.html
  

Posted by ぬらちゃん at 14:13Comments(18)TrackBack(0)アドラー心理学

必要なものは与えられる

2008年10月04日

私が始めて受けたアドラー心理学の講座であるスピリチュアルワークに参加して、
8ヶ月が経とうとしています。

(そのときの詳しい記事はこちら。。。http://nuramama.jimab.net/e4772.html
                      http://nuramama.jimab.net/e4797.html
                      http://nuramama.jimab.net/e4800.html


受ける前は夫婦関係の悩みでドツボに入っていました。icon10

今ももちろん片足つっこんだままですが、
片足は出ることができたようなできないような。。。。f1-5


夫婦って難しいので、あまり触れるのはよそう。



夫婦の問題はともかく、
スピリチュアルワークを受けて以来、
受けた直後にはわからなかったことが、
本当にちょっぴりだけ。。。。わかってきたことがあります。k1-4


1つは心からの感謝。

「感謝」「感謝」って、言葉で言うのはおこがましいくらいに思っていました。

それは多分、頭で理解していても、
心の中ではまったくといっていいほど理解できていなかったからだと思います。


それがワークを受けて以来、
いろいろなことに意味があって、つながっている自分を実感するようになり、
心からの「感謝icon06」が増えてきたと思っています。


ごつパパに感謝。
親に感謝。
子ども達に感謝。

友達に感謝。
ブログの仲間に感謝。
ブログを読んでくれている方々に感謝。

嬉しい出来事に感謝。
過去の不幸な出来事に感謝。



そうすると、不思議なことが起こってきました。f1-12



何だかここ最近「必要なものは与えられる」様な気がしてきたんです。

特にブログを通して。


始まりは、じまブロの人たちが、落ち込んでいる時期が同じだったということ。

誰かが「ここ最近落ち込んでいて。。。。」と書いてあると、

「私も」「私も」「私も」~~~~みたいな~

なんかつながっているなあという気はしていました。



「なんかここの皆とつながっている気がするわ~」と思い始めると、
本当にどんどんつながり始めたようなことが起こってきました。f1-12


簡単なところで言えば
例えば、私がマクロビオティックの話をすると、
「私もやっています」という人が多いこと。

そして「こんな情報があります」。。。。と、
私の元にたくさんの情報を与えてくれます。



また、ここのコメントで最近良く出される「タイムリー」という言葉。

はじめは私にとって皆さんの記事が「タイムリー」であることが増えてきました。

それを感じ始めると、今度は、
私が出した記事が皆さんにとって「タイムリー」だったりするんです。



私は最近悩んでいることがあるのですが、
それに対しても、
不思議とタイムリーにヒントが出てくるようになりました。f1-4

それはブログ仲間の記事だったり、
皆さんのコメントだったり、
岸見先生や野田先生の言葉だったりするんです。


自分に必要な考えを与えられているような感じがしています。


これを偶然という人もいるかもしれないけど。。。。

それならあまりに偶然過ぎるわ。
偶然が多すぎる。


私の勘違いかしら??

でも本当にここ最近特に、
つながっている気がするんだよな~~~f1-2


そんなスピリチュアルな感覚を感じ始めると、
少し、生きるのが楽になってきました。


相変わらず自己評価は低く、
自分の失敗には手厳しい自分がいますが、


皆さんとのつながりが楽しくって楽しくって。
嬉しくって。嬉しくって。h-1

楽しさを感じることができるようになりました。


落ち込むことがあっても、
多少(ここポイント。あくまで多少です。。。。やっぱり落ち込むことはまだやめられないみたい)
「今必要なこと」という考え方ができるようになってきた気がします。


あ~今日の記事は戯言でしたね。

読んでくださる皆さん、いつも感謝です。
ありがとうございます。h-1  

Posted by ぬらちゃん at 06:14Comments(30)TrackBack(0)アドラー心理学

岸見先生のブログ

2008年09月30日




岸見先生はアドラー心理学の本をたくさん書いていらっしゃって、
とってもスゴイ先生なんですが、
なぜか先生の文章を読むと、身近に感じてしまいます。。。。


大学の先生だったり、
しかも専門が哲学でいらっしゃったりすると、
とんでもなく自分たちとは違う世界に生きているような錯覚を覚えます。

でも岸見先生は私たちと変わらない自分の子育ての話をたくさん交えてくださって、
親近感がわくと共に、説得力がある。

「本物」って思える。

そんなステキな先生です。

先生のブログには参考になるお話がたくさん載っています。
今日はその1つを紹介させていただこうと思います。



 息子が四歳の時バスを一緒に待ったことがある。
「後、一時間しないとバスはこないのだけど」といったが、
息子は「いいよ、待つから」といった。

かくて五月とは思えないほどの初夏の強い日差しを浴びながら、
バス停にすわりこんで次のバスがくるのを待った。
急ぐことはなかった。時間が経つのをただゆっくり待てばよかった。

 ところが、朝、保育園に子どもを送って行く時はこんなふうにはいかなかった。
「早く行こう」といっても、いうことをきこうとしない。
力ずくで自転車に乗せようとしても激しい抵抗にあい、
たとえ自転車に乗ったとしても暴れるので、
途中で何度も自転車から降りなければならなかった。

何が違うのだろうか。

 何よりも時間の制約がある。
子どもを保育園に送りに行く時であれば、仕事に遅れるわけにはいかない。
「早く」といって素直に従ってくれればいいのだが、事はそう簡単には運ばない。
子どもは一向に急ぐそぶりを見せない。

 こうなると、親は冷静ではいられなくなる。
次第にいらだちは募り、ついには子どもを大声で叱ってしまう。

待てるのであれば、いらだつこともないし、
子どもの方も意外にも親を待たせるようなことをしない。


子どものねらい

 子どもは、親が「早く早く」という時、時間に限りがあることを知っているのだろうか。
もしも知らないのであれば、急ぐ必要があることを子どもに伝えれば従ってくれるかもしれない。
しかし、子どもを急かせても急ぐそぶりを見せないのであれば、
親が困ることを知っているからである。
 
 子どもにしても親に「早く早く」と叱られたらうれしくはないだろう。
それにもかかわらず、子どもはあるねらいがあって親をいらだたせたり、
怒らせているように見える。

 もしも叱ることが有効であるならば、次の日から子どもは悔い改めて、
親が促さなくとも自発的に早い時間に用意をするようになるであろう。

しかし実際には同じことが毎日繰り返される。それでも親は希望を捨てることはできない。
もう少しきつく叱ったら子どもは悔い改めるのではないか、と思うからである。

 子どもの側から見れば、早くしなければ親に叱られるという形で注目されることを学ぶ。
早く用意をしても親はそのことに対しては普通声をかけたりはしない。
そうだとすれば、叱られたくはないけれども、何もいわれないよりは、
急がないことで親を困らせ叱られることを選ぶと考えるのは自然である。

 親がこのような子どものねらいに気づかずに、「早く」といって叱りつけようものなら、
子どもは親の注目を引くことに成功する。

こうなると、叱っているにもかかわらず、
親が「早く」といわずにはおられないような行動を子どもが止めないのではなく、
叱るからこそいよいよそのような行動を止めないということになってしまう。

親ができること

 それではどうすればいいのだろうか。
「早く」と感情的に子どもに声をかけてしまうような場面では、
残念ながら親ができることはあまりない。

せめて「早くしてくれませんか」と冷静に声をかければ、
子どもが反発することを回避できるかもしれないが、
実際にはそのような場面で親が冷静でいることはむずかしいであろう。

 むしろ、このようなことが起こる前にこそするべきことがある。
叱らなければならないようなことを子どもがあえて行うことを予防することはできる。

 一つは、急がないことの結末が子どもにだけふりかかるようなことであれば、
困るのは親ではなく子どもなので、初めから声をかけないでおこうと決めておくことである。

習い事などの場合、時間になっても行こうとしなければ声をかけたくなるが、
たとえ叱ることで親のいうとおりにしたとしても、自分で判断するのではなく、
親を恐れて従っているというのでは困る。

反発する子どもであれば毎日行く、行かないをめぐっていさかいが絶えることはないだろう。

 次に、親の都合で時間の制約がある場合は、子どもが急かさなくても行動した時にこそ声をかけることである。
親は当たり前と思うかもしれないが、
保育園に行く時間になっても好きなだけテレビを見たいと思ったかもしれないのに、
その楽しみを中断し、親が仕事に間に合うよう保育園に行ってくれるとしたら、
そのことに対して「ありがとう」「助かった」などと声をかけたい。
そうすることで親の役に立てることを学んだ子どもは、
わざわざ親に叱られるようなことはしなくていいことを学ぶだろう。

子どもに学んでほしいこと

 子どもに学んでほしいことがある。
たしかに生活の場面で、子どもに早くしてほしい時がある。
そのような時に、子どもに協力してほしいのである。

 そのために、子どもが親の願いをききいれてもいいと思えるような親子関係を築くことが、
子どもを急かして叱らなくてもすむようにするために何よりも必要である。

叱ることは親子関係を決してよくはしない。
関係がよくなければ、子どもの側の協力が必要な時に協力してもらえないことになる。
親に協力することが決して親に負けることではなく、家族に貢献することであることをわかってほしい。
そうすることで貢献感をもってほしい。

 そのためには、普段からあらゆる場面での子どもの貢献に注目し、
子どもの適切な行動に「ありがとう」「助かった」などの声をかけることで、
子どもが自分が家庭において必要とされていることを実感できるように援助したいのである。

 子どもがそのように感じられるようになれば、
やがて親は「早く」という言葉をもはや子どもに発していないことに気がつくことになるだろう。
(『児童心理』2004年6月号)




我が家はそんなに「早く早く」言うことはないですが、
早くしてくれたことに対して、「ありがとう」「助かった」とは言っていないかもしれない。
その貢献を当たり前と思わずに、
「ありがとう」「助かった」って声にしてみよう。


こんな風に思わせてくれる岸見先生のブログ、(京都だよりhttp://kishimi.cocolog-nifty.com/
とっても勉強になります。

そして岸見先生の写真がも~~~~~すばらしい!!
いつも癒されています。

是非覗いてみてくださいね。  

Posted by ぬらちゃん at 17:33Comments(22)TrackBack(0)アドラー心理学

9月~1回目のkoikoi

2008年09月20日

9月、一回目のkoikoiは、
パセージリーダーさんのKさんが、
カウンセラーになられたということで、
みんなでお祝いしました。k1-6

4人しか通らなかったという狭き門に合格!
すごいですね。

私もカウンセリングしてもらいたいな~h-1




さて今回の事例ですが、
私の事例です。


ししうまは英語を習っているんですが、
年長になって宿題が出されるようになりました。

テキストに書き込んだり、
宿題の紙に色を塗ったり。s-7


ししうまは英語から帰るとすぐに宿題にとりかかります。

わが子ながらこういうところはすごい。。。
私も見習わなければ。。。。icon11

そしてそんな姿勢をずっと保てる子であるならば、
それはいずれこの子にとって財産になるな~と思います。

そのために私にできる援助は何だろうか。。。??


・・・まあ、これはこれで置いといて~(これだからダメか?f1-5



とにかく宿題をしようとすると、
もちろんこっとんも同じことがしたいわけで、
いつもここで一もめ二もめあるわけです。k1-10


私としてはこっとんにも英語の書かれたワークブックのようなものを代替として渡すのですが、
はじめはこれでうまくいっていたものの、

今はもう~~~ししうまと同じことがしたい。a-7

同じ紙に書きたい。
いや、
「その」紙に書きたい。


それからは、宿題の紙をこっとんが取り上げるわ、
それを取り返されて、泣き喚くわ。。。


。。。。疲れる。f1-13


そこでメンバーさんに相談です。

すると、同じ紙をコピーして渡してあげる。。。。という案が出ました。


でも。。。私にはこれはできない。f1-6

というのは、

来年ししうまは1年生になります。
きっと今後、宿題をやることが増えてくるでしょう。

そうなった時、
一番こっとんにわかってもらいたいのは、
これはししうまの宿題であって、こっとんのものではないということ。

お兄ちゃんと同じことがしたい意欲はとてもすばらしいけれども、
一緒にできないこともあるということです。


こっとんは、ししうまのおかげで本当にいろんなことを早く覚えています。
できることも多い。

だからこそ、ししうまと「同じ」つもりでいるんだけど、
やっぱりそれは無理なわけで。

「違って」いいんだし。



それに。。。コピーするのは面倒だしね。(これがホンネ?)f1-1



早速ロールプレイしてもらいました。


ししうまが宿題をしようとする。

ししうま「僕、宿題するもんね~♪」

(言わなきゃいいのに。ししうまもケンカに持ち込みたい雰囲気を作って、
こっとんをあおっている)


こっとん、鉛筆を取り上げる。

し「も~~~~!!こっとん、ちょうだい!」

こっとん「いや~」

し「にいに宿題やらなくちゃいかんもん!」

こっとん「いや!」そして逃げる。


私、ししうまにもう一本、別の鉛筆を渡す。


こっとん、ししうまの宿題の紙に書こうとする。

ししうまはこっとんをあおらないように、

し「一緒にやろう~」

すかさず私、こっとんに別のワークを渡す。
ししうま、そのすきに宿題をはじめる。


ちょっとだけ平穏。


ししうま宿題の紙を落としてしまう。

すかさずこっとん、その紙を拾って、書こうとする。

ししうまが紙を取り上げる。

こっとん大泣き。
鉛筆を放さずに走り回る。

しばらく放っておくが、
鉛筆が危ないので、

私 「もう、ご飯だから鉛筆ちょうだい」(もちろん冷静に。)

こ 「うわ~~~~ん」

鉛筆を持ったまま私の背中によじ登る。

私 「危ないからちょうだい」

こっとん背中に隠す

かえって危険そうなので放っておく。
こっとんはずっと泣いている。


ししうまとご飯を食べる。

そのうちこっとんは泣き止んで一緒にご飯を食べる。



「誰が一番勇気くじきをされていると思いますか」というリーダーさんに聞かれて、
初めてこっとんは勇気をくじかれてしまったのか。。。。と思いました。

そっか~こっとんに悪いことしたな~

私どう援助すればいいのかな~。。。f1-6


私としては「不適切な行動には注目しない」を実践したつもりでした。

ししうまもこっとんをあおって、喜んでいるようなところがあるわけで、
それでこっとんに嫌なことをされようが自業自得。

どちらかに肩入れしてしまうとうまくいかないから、放っておこう。


子どものけんかには口を出さないと思っていたわけです。



でもロールプレイしてみて、
私があまりにもしゃべっていないということに気づきました。

メンバーさんにも、
宿題が始まる前に、もっとこっとんを「一人前」として扱うような
言い方をすればいいんじゃないかと言われました。


そしてもう1つは、鉛筆に私もこっとんもこだわりすぎていたこと。
鉛筆に関しては危険を伴うために黙ってはいられなかったんですけど、

そこに注目すると相手もそれにこだわるようになるので、
「もうごはんだよ~」とだけ言ってみてはどうかと。。。


確かに。。。。
その方がこっとんの気持ちを逆なでずにすむかもしれない。。。。


今回は「不適切な行動」に注目せず
どう援助したらいいか。。。。考えさせられました。

とにかく次回またこういった場面があったときにやってみよう。
次はうまくいくかな~・・・  

Posted by ぬらちゃん at 06:09Comments(7)TrackBack(0)アドラー心理学

8月のkoikoi

2008年08月29日

28日はアドラー心理学の自助会koikoiの日でした。

前日にとことこが自助会に参加するために泊まりに来て、
うちだけでも大人2人、子ども5人の大所帯。

行ってみると、
大人7人子ども7人。。。うわ~たくさん!!k1-14

子ども達は同じくらいの年齢なので、
子ども達同士で遊ぶ姿も見られ、
私はいつもよりずっと楽でした。t-1


今回はパセージリーダーさんがいない、初めての会。

どうなるかドキドキでしたが、
司会をしてくれた方がとても上手で、
話に花が咲きました。


まずは私のししうまの誕生日にゲームを買ったという話をしました。

「約束が守れなかったら、
ゲームは終わり」というペナルティについての意見を皆さんからいただきました。

もう一度、パセージのテキストを読み返して、
ペナルティの決め方を確認。

「罰」にならないペナルティの特徴は、
行為と結末の間に合理的な結末がある。


(詳しくは。。。http://nuramama.jimab.net/e8005.html



「約束が守れなかった」ということと、「その場合ゲームは終わり」ということには、
合理的な結末があるということで、OK。


ただ、約束を守れない行為があった場合、
「ゲームを取り上げるよ」とか言ってしまうと、
それは「脅し」になってしまうので、

何も言わずに「優しくきっぱり」終わりにして、
社会的結末を体験させるべきではないかという話が出ました。


時間の守り方に関しても、
テレビのタイマーでテレビが切れるようにしておく。。。という案も出ましたが、

やっぱり途中で急に消えるのは、いい気がしないということで、
声をかけたほうがいいかは、
また子どもとの話し合いで決めていった方が良いねという話になりました。



今、パセージのテキストを読んでいて見つけたのが、

「5歳以下の子どもには予測や整理する力が十分についていない」ということ。

 
そういう場合には、
「そうしているとどういうことが起こると思いますか?」と、問いかけてみることができます。
問いかけても「わからない」といって子どもが自力で予測ができない場合には
「こういうことが起こると思いますよ」と教えてあげることができます。
この場合も子どもをとがめているようにならないようにしてください。



なるほど~
例えばゲーム中にケンカを始めたり、
イライラしていたりしたら
「そうしているとどういうことが起こるかな?」と声をかけることもできるかも。

よし。これは次回の自助会でみんなにシェアしていようと思います。


他にも2つの事例が出ました。

1つの事例は
保育園に行けなかったお子さんに、
「優しくきっぱり」と、
「行ってください」とお願いしたことで、
泣かずに行けるようになったという例。


この事例を出してくれたお母さんも言っていましたが、
どうしても「話し合い」にもって行かなくてはならないような気がして、
「優しくきっぱり」するタイミングがわからない。
とのこと。

私も同じです。
スイミングがいい例で、
話し合いの仕方がまずいせいか、
子どもの課題に介入して、
話が長引く要因になっている気がしてなりません。


「優しくきっぱり」は衝撃的でした。
今度リーダーさんにこの点についてもう少し深く聞いてみたいと思います。


もうひとつの例は
子どもが3人で遊ぶ場合、
3人の意見が2対1で割れた場合、
どのような援助の言葉をかけたらいいかということでした。

相談者のお子さんが、
リーダーシップを取り、強引に進めてしまうことを懸念されていましたが、
相談者の両方の子どもの言い分を立てる方法で子ども達は仲良く遊ぶことができました。

「あんまり強引に進めないほうがいいと思うな」とか、
「あの時、○○ちゃんは嫌な思いをしたんじゃないかな」ということは言わず、

「お友達の遊びたいことを一緒にやってくれて嬉しかったよ」とか、
「仲良く遊べて、よかった」とか、

適切な面に注目して、
後から言葉をかけるようにするという案に。



育児って、本当に余裕がなくて、
こんなこと細かに考えられなかったりするんだけど、
後からでもこうやってみんなに話をすることで、
ゆっくり自分の心持ちが変わってくるのかな~f1-4

そんなことを考えた自助会でした。



とことこも、参加してみて、
なるほど・・・と、思ってくれたみたいで、よかったです。

ただ私もそうですが、
自分に対する自己評価が低い。
理想が高い。あはは。icon11

私から見ていると、
本当に元気いっぱいの3人娘を抱えてよくやってるよ~って思うんだけど、
本人は「まだまだやれていない」って思っちゃうんですよね。

私も同じ。。。

「自分の不適切な面にあまり注目せずに、
自分を勇気付けてあげなくちゃね」

って、2人で笑っていましたが。。。
これが一番難しかったりします~icon10  

Posted by ぬらちゃん at 08:48Comments(4)TrackBack(0)アドラー心理学

スイミングその後。。。

2008年07月26日

いつも長文ですが
さらに長文かも。。。スミマセン。icon11


水曜日にアドラー心理学の自助会koikoiがありました~n-2-1


パセージ(アドラー心理学の講座)の時に
子どもの課題(子ども自身に降りかかる課題は子どもの課題)
に踏み込んでいると言われた
ししうまのスイミング問題。。。
この問題がその後、進展したので皆さんにお話しました。

(課題についてはこちら。。。http://nuramama.jimab.net/e3199.html

実はししうま。。。スイミングをやめたいと言い出しました~


以前も記事に載せましたが
もう一度大体の内容を載せますね。



(大体の内容)

4月に入ってコーチがころころ変わり、
ししうまはあるコーチを苦手と感じたようで、
プールの度に泣き続けるようになりました。

ししうまと話をして、
4月後半はししうまが慕っているコーチの曜日に振り替えをしました。
(級が同じであれば、振り返られる)

2回ほど振り替えたあと、
すぐに級が上がってしまい、
またししうまの苦手なコーチだったので
ししうまと話し合って、苦手ではないコーチに変更しました。


(これに対しての詳しい私の対応はこちらを。。。
http://nuramama.jimab.net/e7874.html



私は習い事を泣いてまでする必要がないと思っていて

結局コーチを変えるというメニューを出して、
泣かずに行けるような「援助」をしたつもりだったんです。


一方私のホンネは、できればやめて欲しかった。(あははicon10
習い事を楽しくやれないなんて馬鹿げていると思っていたからです。
自分自身、イヤイヤ行っていた習い事があって、
その苦い思い出を子どもにさせたくないと思っていました。


私は子どもの話を「聴いて」
「援助」をしたつもりだったんですが、

ししうまは答えを出してくれない。。。

「やめたい」とも言わない。
でも「楽しくない」と言う。


結論を出してくれないので、
とにかく妥協案である、「コーチを代える」ことで、
しのいだわけです。



ところが、コーチを変えたのにもかかわらず、
最近ししうまはまた泣いてる。
レッスン中に泣いてるんです。k1-7

あまり気にしないようにしていましたが、
ここのところレッスンに行く日と知った途端に泣くように。。。


何だよ。。。これじゃ前と一緒じゃん。k1-10


ししうまは今25メートルのクロールが泳げるようになるコースなんですが、sp-2
息継ぎがうまくできないのでコースロープを持つんです。
もちろん足が付かないので、
死なないようにコースロープを持つ。


ところがコーチにコースロープを持つなって言われたんですね。
ししうまはマジメなので、
コースロープを持たないようにして。。。。。。

。。。。。。おぼれた。k1-10


それが原因で、怖くなってしまったようです。


その上泣いていたので、みんなと別に
ビート板を持って泳がされた。

それが「体面を崩された」ことになったというのもあったのかもしれません。
恥ずかしい思いをしたんでしょう。


ししうまには、

「今のコースは12.5メートルが泳げる子が入れるコースなのに、
12.5メートル泳がないうちにししうまがコースロープを持ってしまうから、
コーチがコースロープを持つなって言ったんじゃないかな。

半分までは行けるはずだから、半分までは行ってごらん。

そこまで行けば台(足が付くように台が置いてある)があるでしょう。

本当に苦しくなったらコーチが何て言おうとコースロープ持っていいんだから。
持たないと死んじゃうでしょ。」


みたいな話をして、
ししうまは頑張って12.5メートルまでは立たないように泳ぐようになりました。

コーチはとてもほめてくれたみたいで、
これで乗り切れるかな?と思ったんですが、

やっぱり行く前に泣く。

「ししうまが行くって決めたんだから行くよ」と言って行くんですが

とうとう言ったんです。

「やめたい」って。。。。


パセージ中に、コーチが合わなくて、ししうまが泣いていた時、
さっきも書いていたように
私のホンネは「やめてほしい」だった。


ところがいざ「やめたい」って言われると、

ええええええええ!
ちょっとこのままやめていいのぉぉぉぉ????

。。。。って思っちゃった。。。icon10


なんて私って勝手な奴なの~~~!!!f1-10


この話をkoikoiでしたら、みんな大爆笑。

「やめるしかないよね」
「ししうま君が決めたことだしね」


う~ん。。。。でも何か引っかかるんです。

このままやめちゃうと
ししうまの中では「嫌な思い出」になってしまう。

それにやめるといったら急にかたくなに行かないと言い出したししうま。

クロールで25メートル泳げたら背泳ぎを教えてもらえることを楽しみにしていたのに。

なんだかあきらめてしまった感じ。
「もう僕は25メートルは無理!」って、決めちゃったみたいで。

熊本に帰ったときに弟に教えてもらって、(弟は水泳部)
25メートル泳ぐことができれば、
また自信を持って泳ぐようになるんじゃないかなという思いも捨てきれず。。。


パセージ中に「やるかやめるか」という結論を急ぎすぎたということがわかったので
もっと今回はゆっくり、結論を急がずに考えてみたいと思いました。


そんな話をしたら、

「今やめるべきではないと思う」という意見が出て、
「勇気をくじかれてしまっている状態なんだよね」と、
リーダーさんにも言われて。


よし。もう少しゆっくり考えてみよう。。。と、ししうまにも話しました。


その日ししうまに「お願い」して、
次に欠席をする分を振り替えにスイミングに行きました。

平日ですからししうまの苦手なコーチです。

行く前から泣き、
行ってからも泣いています。

すると体操をする部屋で
のぼせて鼻血が出たみたいで、
さらに大泣き。ka-11

でも無事に止まって、
知り合いのお兄ちゃんに
「あのコーチは優しいし、面白いよ」とアピールしてもらって、k1-15
それを頼りに泳ぎに行きました。


その日はテストの日で、生徒さんも多く、
あまり泳ぎません。

ふと見ると、真ん中に台が置いてありません。

大丈夫かな?と思いましたが、

コーチが真ん中くらいにいて、
きちんとフォローをしてくれてる。

終わりの方はコースロープを持ちながらも、
何とか大丈夫そうです。


いよいよテスト。
合格するはずがないことは私も本人もわかっているんですが、
ただコーチが水の中にいない。

プールサイドにいて大きな声をかけながら見てくれます。


ししうま、なんだか上手。f1-2
息継ぎもいつもよりキレイにできてる。

あ。。。あと少し。。。いけるかも!!


そこでコースロープを持ちました。
おしい!!!
でも17.5メートルくらいいったんじゃないかしら。


コーチもとってもほめてくれたみたいで、
テストの評価も以前より上がっている。

「すごい上手だったよ。
25メートルまであと少しだった!!k1-6


ししうま、まんざらでもなさそうで、
すごく嬉しかったみたい。

「もう少し、やめるの待ってみようか。
ゆっくり考えてみない?
夏休みに茂兄ちゃんに習ったら泳げちゃうかもしれないし。
いつだってやめることはできるし。」

ししうまはうなづいてくれました。

少し自信になったみたい。
苦手だと思ったコーチに対しても少し変化が感じられました。


これでうまく乗り切ってくれるといいな。h-1




このスイミング問題で私がわかったことは、

1つは、不適切な行動に注目していること。

「泣く」のが嫌だったんです。とっても。
「泣く」という不適切な行動に注目しているからこそ
「泣く」のをやめない。


もう1つは、問題が返ってきたな~と感じたことです。

ししうまにコーチを変更してその場をしのいだけど、
あの時「泣く」のが嫌だったからそうしたわけです。

もう少し長い目で見守るべきだったかなというように思います。

結論を早く出したが故に、
問題は何も解決していなくて、
また戻ってきたような感じ。

「コーチと付き合う」のはししうまの課題。
私はそこに踏み込みすぎたようです。  

Posted by ぬらちゃん at 04:29Comments(4)TrackBack(0)アドラー心理学

いっこさんから。。。

2008年07月25日

アドラー心理学をわかりやすく教えてくださるいっこさん。
いっこさんの本でたくさんの勇気を頂きました。h-1






いっこさん。。。。なんて、私が呼んでもいいのかしら~k1-4
「いっこ先生じゃなくていっこさんって呼んでね。」とメールを頂きました。

恥ずかしながらこれからはいっこさんと呼ばせていただきます~f1-2



そんないっこさんから
「お泊りあらどの会」のお知らせを頂きました~


****************************************

      **お泊まりあらどの会のお知らせ**

2008年度のお泊まりあらどの会の予定です。

お昼は子どもと一緒にスイカ割りや、水遊びを楽しみます。
子どもが寝てから 「あらどの会の」始まりです。
ゆっくりと(飲みながら?)あらどの会を楽しみませんか。
もちろん大人のみの参加もOKです


びわこ子どもの国はびわこで泳いだり
変わり自転車があったりと子どもにとって安全でとても楽しい宿泊場所です。

お昼のあらどの会も楽しいですが、お泊まりあらどの会はふか~いお話も出てきて 楽しいですよ。
夜にはいっこさん以外のパセージリーダーさんも参加されるかも?

どうぞおたのしみ! 全国からの参加お待ちしています

日時  2008年8月18日(月)2時集合~19日(火)11時半解散

場所  びわこ子どもの国 (JR湖西線 安曇川)

費用  親子 16000円 (追加 一人4000円)

   *キャンセルは10日前まで 10日以後は宿泊のみ実費いただきます

持ち物 水着・着替え・水筒・バスタオル・タオル・パジャマ・洗面用具・パセージのテキスト〔ある方のみ〕

締め切りは7月30日です。お早めにお申し込み下さいね 
    
お申し込みは名前・住所・年齢〔学年〕・電話・FAXご記入の上メールか
FAX(020-4624-1507)まで

*お申し込み・お問い合わせ  090-4307-2844 山口まで 

***************************************


パセージを受けていない人も参加OKだそうです。


子どもと遊びながら参加できるなんていいな~

しかもあらどの会は飲みながら。。。そこにさらに惹かれる!


私も是非行きたい!!のだけど。。。
ちょうどその日が熊本から帰ってくる日なので、
無理そうです。

うわ~ん。。。ka-11残念。。。


興味のある方ぜひ参加してみるといいですよ。


きっと、いっこさんの笑顔に緊張もあっという間になくなるとおもいますよ。
何か不思議なパワーのある方です。h-8  

Posted by ぬらちゃん at 06:40Comments(5)TrackBack(0)アドラー心理学

みんなコイコイ♪

2008年07月17日

更新が遅くなってゴメンナサイ。。。
皆さんのところに行けなくてゴメンナサイ。。。
実は最近悩むことがあって、
何も手がつかない状態でした。
眠れないわ、食べられないわ。。。
でも、周りの人の援けもあって、ちょっと復活!
もう、大丈夫です。
いつものぞいてくれた方たち、
ありがとうございます。



アドラー心理学の入り口ともいえる講座、パセージを経て、
念願の自助会ができたんですが、
とうとう名前が決まりました~k1-6


自助会名は。。。。


koikoiです~♪



心の音を聴くという意味で、「心音(ここね)」か、

「koikoi」かの決選投票だったんですが、

koikoiに決まりました。



koikoiは、ハワイ語で、「大切な」という意味があるそうです。

koikoiが誰にとっても「大切な」居場所になるように、
koikoiで出会った仲間を「大切に」。

みんなコイコイ。
いらっしゃ~い。k1-1

何でもコイコイ。
ど~んとコイコイ。
幸せコイコイ。h-1

良いことも大変なことも、おおらかに受け入れ、
みんなで分かち合っていく、
シェアしていく、
そんな自助会になったら良いなって思っています。




早速、前々回の自助会で、話し合った、
ここにも来てくれるぷくよちゃんの
事例を紹介しますね。


ぷくちゃんのお子さんあっくんはししうまと同じ5歳。
公立幼稚園に通っています。

鈴鹿の公立幼稚園は
小学校に併設されています。

家の近くの集合場所まで行くと、そこからは
小学生の子ども達と一緒に集団登校をします。


ぷくよちゃんは、
あっくんの朝の用意が遅いというのが悩みの種でした。

集団登校をする子どもたちを待たせるわけにはいきません。
人に迷惑をかけるのは困る。。。

。。。。うんうん。ぷくちゃんのそんな気持ち、わかります。

朝から子どもに「早く早く!」と言い続けなければならないのは確かに疲れますよね。
言う親も、言われる子どもも良い気分ではないでしょう。


前々回の自助会で、その悩みを話してくれたぷくちゃん。

みんなでどうしたらいいか考えてみました。


あらかじめ○時になったら声をかけるけど、
それ以降は声をかけないよという話し合いをして、
子どもに任せてみる

。。。という案が出ました。



前回はそれを実行してみて、どうなったか教えてもらいました。


遅刻することもあるのかなって思っていたけど。。。。
1回も遅刻をせず、間に合っているとの事。

すごい!あっくん!k1-1


集団登校のグループにいつも遅い女の子がいるそうで、
その子が来る前には集合場所に着くそうです。


他の子よりは遅いかもしれないけど、
「間に合っている」わけだから、
あっくんの行動は「適切」ですね。


子どもが自分に能力があると思えているか。。。OK

子どもにとってお母さんは仲間か。。。OK


でもぷくちゃんとしては、ハラハラドキドキ。h-2

その気持ちもわかる~!!
それでも子どもに「早く」とは言えない。icon10
話し合って決めたしね。

言わずに見てる。ハラハラするよね。



いますよね。
待ち合わせをすると、10分前には着いていないと落ち着かない人。s-12
逆に、ぎりぎり間に合えばOKと思っている人。


どちらも「間に合っている」から適切ですね。

「早めについておかないといけない」というのは、
「意見」であって、「事実」ではない。

要は親の「好み」の問題だったり、
「心持ち」の違いだったりするわけです。


なるほど~!
ナットク。


もし間に合わなかった経験をしても、
そこからあっくんは学ぶんだろうな。

同じ「間に合わない」事実も、

親がせかして「間に合わない」のと、
子どもが自分で「間に合わない」のとでは大きく違うかもしれない。




私の経験上の話ですが。。。。

親がうるさく言い続けての失敗は
「ほら言ったでしょ」って言われるんだよね~f1-7

それを考えると子ども心にも憂鬱だった覚えがあるわ~

それでもって本当に言われちゃう。
「ほら言ったのに!k1-12


そうすると言われたことにムカついて、
イライライライラ。

失敗を自分で噛み砕いて反省するより、
言われたことに腹が立つことの方が先にたってしまって。
「わかっとるわ!!!!」とか思っちゃって。
しっかり勇気くじきされちゃう。


でも自分がやってしまった失敗は
責任を自分が感じて、
いつまでも心に残る。

そしてそこからどうしようか自分で考えたよな。。。



なるほど。。。
自分が実践できるとは別として、(別なんだ。。。k1-2

気がつくことは多かったな~


自助会は人の話を聞いて一緒に考えることで、
自分が気づかされることが多いです。

うまくいくと、
「よかったね~」
「すごいじゃん」って言われて、
みんなで喜びも分かち合える。h-1

新しい仲間ができて本当に嬉しいです。f1-4  
続きを読む

Posted by ぬらちゃん at 05:30Comments(14)TrackBack(0)アドラー心理学

子どもの歯みがき、一歩前進

2008年07月05日

子どもの歯みがきは誰の課題??


。。。もちろん、子どもの課題だ~k1-10



子どもって歯みがき嫌がるでしょう。

うちももちろん嫌がってましたよ~f1-6

ししうまなんて押さえつけて、歯みがきしていたこともありました。



自分が、虫歯で痛い思いをしていたので、
子どもには絶対にそんな思いをさせたくなくて、
歯医者に初めて行ったのが、
ししうまが1歳半くらいだったかな?


3カ月おきに検診に行くたびに、
「虫歯です。」って言われて削られました。

暴れるししうまを汗だくになって押さえつけて。。。f1-7



そして私は神経質ママでしたから、
もちろん、毎食後歯みがき、時間も長く、
良いということはたくさん試しました。

そのうち歯科衛生士並みに歯みがきは上達しました。

家庭用フッ素も毎日塗っていましたし、
やれることは全てやった。。。。



なのに歯医者さんに行くと、
「虫歯です」って言われて削られる。


それに乳歯を驚くほど削るんですよ。
こんなにされて痛いんではないかと思うと、
ししうまがかわいそうで。。。。


1年ほど経って、
歯医者を変えました。
今まで行っていた小児歯科ではなく、
普通の私が行っている歯医者さんに。

ここの歯医者さんはとても腕が良いんです。

診てもらったら、「虫歯ないですよ」
5分足らずの話でした。

「こんなに完璧に歯みがき出来ていたら大丈夫です」


腰が抜けました。
私は先生に今までのことを話していたら、
何だか泣けてきて。f1-8


歯医者で号泣。ka-11
アホでしょう。
あ~恥ずかしい。



そんなことがあったので、
歯みがきはししうまには任せられません。

毎晩私が仕上げ磨きというより、
ししうまにさせることなく、私が、磨いていました。


だから、「歯を磨くよ~」と言うのも、
歯ブラシを持ってくるのも私。


テレビをみていたりおもちゃで遊んでいたりするししうまは、
「え~!!!」と言って、
なかなか歯みがきを「されに」来てくれません。

すると、私はイライラ。k1-12

「早くしてよ~」
「ママ、歯ブラシ持ったままいつまで待てば良いわけ?」

。。。と言ってばかり。

疲れる~。。。icon10



でもいくら歯みがきが子どもの課題だからといって、
子どもに任せきりにすることはできません。

でもいずれは自分で自分の歯を「虫歯にならない程度」に
磨けるようになってもらわなくてはいけない。。。


とりあえず私が主導になっている歯みがきを何とかすることからはじめよう。


そこでししうまと話し合いをすることに。。。


n-1「ししうま、歯みがきの話をしてもいい?」

a-8「いいよ~」

n-1「歯みがきをやっているのはママだけど、
でもいずれししうまが1人できれいに磨けるようにした方がいいと思うんだけど」

a-8「うん」

n-1「小学校3年生くらいまでは仕上げ磨きした方がいいんだって。
だからママはそれまでお手伝いしたいと思っているんだけど、
少しずつししうまがやれるようにした方が良いと思うの」

a-8「うん」

n-1「どうしようか。。。。」

a-8「う~ん・・・」

n-1「まずは、今までママが歯ブラシ持ってきて歯みがきしていたけど、
ししうまが歯みがきしたい時間に自分で持って来るっていうのはどう?」

a-8「うん。いいよ~」

n-1「じゃあ、ママは歯磨きのことはまったく言わなくて、ししうまに任せてもいい?」

a-8「うん。」

n-1「でも忘れちゃっていたらどうする?」

a-8「わすれちゃったら。。。ママ言って。」

n-1「じゃあ、ししうまは8時に寝るから、7時55分になったら、言おうか」

a-8「うん。」

n-1「何て言って欲しい?」

a-8「う~ん。。7時55分だよ~って言って。」

n-1オッケ~♪じゃあ、しばらくそれでやってみよう」



こうやって思い出しながら会話を書いてみると、
まだまだ私主導の会話で。。。下手だな~


すごく小さなはじめの一歩だけど、

この話し合いが行なわれて以来、
私がイライラすることもなくなり、

ししうまもママの時間に合わせて歯みがきをしなくてはいけなかったときより、
ずっとスムーズに歯みがきができています。


ししうまは
「自分に能力があると感じられるか」・・・・OK
ししうまにとって
「ママは仲間か」・・・・OK

かな?


今後、ししうまと鏡を見ながら自分で歯みがきができるようにしたり、
少しずつ彼に任せていきたいと思います。  

Posted by ぬらちゃん at 07:32Comments(20)TrackBack(0)アドラー心理学

講演会をセッティング?

2008年06月29日

パセージが終わって、その後すぐに自助会ができました~k1-1

念願の自助会!!h-8

実は先日の木曜日に2回目が終わったばかりです。


始めに話し合っておく事務的な内容が多々あります。

1.日時
2・場所
3.会費
4.司会
5.内容
6.グループ名
7.この会に外部の人を加えるか否か(オープンにするか否か)



1.日時
  
  毎月第2,4水曜日


2.場所

  社会福祉センター


3.会費

  1回100円(で