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<title>みそじのせいかつ</title>
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<description>３０代のフツーの主婦が日々追われながら、どう生きていくかを考える・・・これでいいの？！人生！！！みたいな～</description>
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<pubDate>Thu, 08 Nov 2007 12:02:15 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Thu, 27 Mar 2008 04:35:30 +0900</lastBuildDate>
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<title>きなこママを応援</title>
<description>きなこママさんが伊賀上野でハーフマラソンを走ると聞いて、応援してきましたよ～ごつパパが熊本出張だったので、私たちだけで行ってきました。スタート前に着いたのにも関わらず、駐車場がない！！いろんな駐車場を回ったものの、やっと見つけたところは、スタートからははるか遠く。。。。子ども達がんばって歩きましたよ。こっとんは、ほとんど抱っこだったけど。。。坂道を上がればスタート場所です。ところが。。。。間に合わなかった～とにかくゴール付近で応援。風が強くて、旗が顔をたたきます。こっとんすごい顔。。。とにかく誰にでも、「がんばれ～！！」ししうまはファミリーマラソンに自分と同じくらいの子が出ていて、うらやましかったみたい。いつかマラソン大会に出ようね。もちろんパパとね。朝にブログのチェックを忘れていたので、まったく情報がない。店長さん来てるかな～ママに会えるかな～不安でどうしようか思っていたところに。。。あれ？？あの顔は。。。。ブログでよく見る１ちゃんと２ちゃんだ！！（ママのお子さん）「あの～間違っていたらごめんなさい。〇〇さんですか？？」「はい」あ～よかった～！！店長さんのいらっしゃる場所を聞いて、お会いすることができました～１ちゃんと２ちゃんの仲の良いこと！同性の年子は、ケンカばかりじゃないかしら？と思っていたので、（思い込み）驚きました。とにかく仲がいいの～ステキな姉妹でした。ししうまとこっとんは落ち葉で遊んだりしながら、待っていましたよ～すると。。。え？？？ママ？？店長さんに何色の服でしたか？って聞いたら、「う～ん。。。派手な色。」「ピンクだったかな？？」それを信じてピンクしか目に入っていなかった私は。。。水色のママにびっくり！！あ～あまり写真が撮れなかったよ～私達も急いでゴールへ。。。ゴールも人でいっぱいで、会えるかどうかとても不安だったけど、奇跡的にママの姿が。。。も～歩くのも微妙なくらい、体が痛そうで。。。それなのに１０キロあるこっとんを抱っこしてくれました。涙ぐみながら、お話してくれるママ。。。。お疲れ様でした。ママはやっぱりいろんな思いをめぐらせて走っているんだな～。。。やっぱりすごいや。暖かいママの想いと、過酷なマラソン。すごいものを見た。。。。そんな感じでした。今まではネットで見ているだけだったけど、やっぱり本物のマラソンは違う。ママも違う。思っている以上に過酷なものでした。ママ。お疲れ様。勇気をくれてありがとう。</description>
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<category>家族</category>
<pubDate>Mon, 01 Dec 2008 20:16:47 +0900</pubDate>

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<title>保育参観♪</title>
<description>ししうまの幼稚園で、保育参観がありました。こっとんは幼稚園に行けることが嬉しくて仕方がない様子。。。幼稚園につくと、緊張しながらも、こっとんはししうまの側を離れません。先生が、「いいですよ～」と言ってくださったこともあり、ちゃっかり他の園児と混ざって、一緒に保育を受けて？？いました。ししうまの、困ったような嬉しいような何ともいえない顔。こっとんは、もう我が物顔。ししうまのグループに入れてもらって、じゃんけん大会です。グループで何を出すか相談。こっとんもちゃっかり相談。年長になるとみんなで相談したり、話し合いで何かを決めていけるようになるんだな～と、ししうまの姿を見て嬉しくなりました。やきいもグーチーパーの歌にあわせて、じゃんけんします。負けちゃったけど、こっとんノリノリ。「３人組になって～」と言われて、こっとんが入ると４人になっちゃうんだけど、ごまめ？で、入れてもらいました。木とリスをやりました。ピンクの服のお姉ちゃんが上手に誘導してくれます。ここの幼稚園の子ども達は、みんな小さい子に優しい。ししうまもとてもはじけて遊んでいました。ちゃんと自分を出して遊べているようで、嬉しかったです。今の担任の先生は、おとなしめの子をよく見てくれます。自分の意見がいえなくて、我慢してしまう子に対して、「言えるようにならないと」。。。で止まってしまう先生ではなく、我慢せず言えるように最後まで援助をしてくれます。今のクラスはおとなしめのししうまと似たような子が多かったんですが、年長になってどの子も生き生きとはじけていたので、お母さん達からは嬉しい声が聞こえてきます。その後は今年も朗天狗のしんちゃんの朗読会でした。相変わらず、子どもの心を離しません。とっても楽しいお話でした。やっぱり絵本って、コミュニケーションツールだなと思いました。こうやると空がとべるんやで～と言っていたしんちゃん。読み聞かせの後は、お母さん達対象の講演をしてくださったのですが、その前に子どもと別れるときは、「じゃあ、今からお部屋に帰ったら、飛ぶ練習するんやで！」子どもからも大人からも大爆笑のしんちゃんでした。</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Fri, 28 Nov 2008 12:16:21 +0900</pubDate>

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<title>自分の居場所</title>
<description>先日見ていたテレビで、「誰でもよかった」と、JR岡山駅のホームから見ず知らずの男性を突き落とし殺害した18歳の少年が、拘置所から両親に宛てた21通の手紙に綴られたメッセージと少年の父が語った言葉について放送されていました。少年はお父さんが大好きで、「友達親子」だったといいます。ところがこんな事態になってしまった。。。。学校でのいじめが原因で、不登校になった少年。父親は、「学校に行かなくてもいい」と言って、さびしくないように、たくさんの漫画やゲームを買ってあげたそうです。高校生の頃有名大学に入るための勉強を始めた少年。有名大学に入ることで「とりえ」が得られると思ったそうです。入った高校が農業系の高校だったので、お父さんは無理だと思っていたんですね。そしてかけた言葉が「そんなに頑張らなくてもいいじゃないか」今度は就職先を探そうと思ったとき、お父さんに「どこでもいいから自分がいいと思ったところに決めれば良い」と言われたそうです。この二つの言葉に少年はショックを受けたと言います。お父さんは何も僕のことをわかってくれない。見捨てられた。。。と思ったようです。何だかとても考えさせられました。だって普通に言ってしまいそうな言葉だもの。良かれと思った親の言葉も、子どもそれぞれで取り方が違うんですよね。「学校に行きたくない」という子どもに、まずその気持ちを受容して、「学校に行かなくてもいい」と言ってあげることが、大事だと、不登校関係の書籍などを読むとまことしやかに出てきます。それをマニュアルのように使ってしまうことは危険だと思いました。アドラー心理学でいうと、「学校に行くことは子どもの課題」だけれども、「課題の分離」をして子どもの課題に手を出さない、というセオリーを守って学校に行くのも行かないのもあなたの自由とすることは放任、間違った自由主義になりかねないのだなと思います。少年を守るために、部屋にたくさんのゲームや漫画を買い与えた父親。それが悪いかどうかはわからないけど、それ「だけ」ではダメだったのかもしれないな～その、「子ども」を見て、いろいろな対応を考えていかなくてはならないのだな～子育てって本当に難しいな。。。と身の引き締まる思いがしました。学校に行けるものなら行きたいと思っている子もいると思うんですよね。反対に、「もう学校は絶対に嫌だ」と思っている子もいるでしょう。不登校の真似事をしたいと思っている子もいるかもしれないし、ただ単にサボりたいと思っている子もいるかもしれない。そのどちら共に、同じように、「学校に行かなくてもいい」という言葉をかけたとしても、「行かなくてもいいんだ」とホッとする子どももいれば、「本当は行きたいのに、親は助けてくれない」と思う子もいるだろうし、「え？？？いいの～！ニヤニヤ」と思う子もいるだろうし、「親なんてちょろいわ」って思う子もいるでしょう。また、前前々記事に書いたように、自分が無責任育児をしたと、気がついたことで、子どものけんかに援助をしたということも、あの場合は良かったけれども、介入しない方がいい時だってあるわけです。コメントにあったように、ぷくちゃんがパセージでみんなに考えてもらった代替案をやってみても、うまくいかなかった。。。。というのはまさにそれです。「その時」は、子どもは介入して欲しくなかったのかもしれません。マニュアルではないんですよね。子どもありきなんですよね。でも私。。。。実は、アドラー心理学を「マニュアル」「虎の巻」のように思っていました。はじめは本から得る情報しかなかったから、それこそ「このやり方じゃないといけないんだ。」という思いが強くて。パセージ中も、リーダーさんから、「子どもの課題に土足で踏み込んでいる」と言われた時も、パニックで。「子どもの課題に土足で踏み込んでしまった・・・」と、とにかく深く落ち込みました。私、このパターンが多いんですよね。何か自分の行動で不都合なことがあると、全てを自分のせいにして落ち込む。。。そして前々記事で書いたように「自分のことが愛せない、人からも自分は愛されるはずがない」と感じているのです。自分の考え方の違う人がいると、考え方の違いを罪のように感じ、自分を責める。または世界征服をたくらむ。（爆笑）これがここ最近変化してきたように思います。先ほど書いた「子どもの課題に土足で踏み込んでいる」といわれた問題も「こうじゃなくてはいけない」ではなくて、その後、ちゃんと問題は私のもとへ帰ってきて、もう一度考えるチャンスをくれました。きちんと子どもと向き合っていれば、必要な時にチャンスは必ず来るのかもしれません。また、義父母との問題で、「意見の違いは罪ではない」ということがわかり、そして、アドラー心理学というものが、マニュアルではなくて、相手ありきの対応だとわかり、何だかとてもあたたかく、ホッとしました。私、失敗だらけなんですよ。昨日も子どもの失敗を責めまくって。。。あ～～～またやっちゃったよ。。。。でも、やっちゃった止まりではなくそこからもう一度、修正できました。子どもにきちんと謝って。。。いつもは、自分が「できていない」ことに、マイナス点を突けまくって、もっと、もっとできるはず！。。。そればかりでしたが、子どもと一緒にまるごとの私で、接していけばいいんだと気がついて、ちょっと、失敗を恐れなくなった。。。というか、うまく説明できないんですけど、意見が違っても「ここ」に生きていて良いんだ。。。。というか、いっこさんの言われる、「にこにこ子育て」ってこういうことかな。。。ニコニコ笑っていてもいいのかも。。。。と思えるようになってきたような気がします。あ～これ。。。伝わりにくいですよね。うまくかけなくてごめんなさい。こう考えられるようになったのは、私と意見が違うといってくれた人のおかげですし、そんなことがあった後の皆さんのコメントのおかげです。私は本当に皆さんにヒントをたくさんもらっています。いつも勇気付けてくださってありがとうございます。私はアドラー心理学のことをここに書いていますけど、他人の受け売りと、私のたわごと、無責任発言です。「こうでなくてはならない」ということでは決してないですからね。もしかして半年経ったらまた別のことを思い描いているかもしれないですから。</description>
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<category>アドラー心理学</category>
<pubDate>Mon, 24 Nov 2008 07:06:56 +0900</pubDate>

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<title>ゆうちゃんの。。。。</title>
<description>実はうちにもへちまがなっていたのですよ～♪見つけたときは「ま・・・まさか・・・」「あのふくらみは・・・・」「もしかしてえええええ！！」と、１人で大興奮でした。実がつき始めて結構な時間が経つんですが、やはりこれだけ寒くなるともうこれ以上大きくならないみたい。なので取っちゃいました。なぜかへちまをおんぶするこっとん。やたら嬉しかったみたいです～へちまはもちろん食べましたよ。念願のへちまですもの！食べるよ～でも。。。私何を血迷ったか、カレーに入れてしまって。。。。。。。。。。。溶けた。。。。。うん。うん。わかっているよ。へちま溶けちゃいそうだもんね。でもこんなにあっさりときれいに溶けるとは思わなかったのです～ホント、アホ。ところで今日は、キャンプの時にゆうちゃんにもらったコースターに絵を描きました。ししうまも、こっとんも、やたら集中して楽しそうに描いていました。画材はトールペイント用のアクリル絵の具。うちにはこれしかなかったのです～こっとんは、始めは、何てばらばらにぐちゃぐちゃに色をつけるの～って思っていましたが、どんどんどんどん色を重ねていくんです。まるで荒井良治の世界。なぜか深みのある色になるから不思議です。これ、私の作品。相変わらずワンパターン。これ、ししうまの作品。子どもって天才だわ。私は怖くてこんな鮮やかな色は使えない。。。あの何かを作る系のことが苦手なししうまが、本当に楽しそうに、時間をかけてやっていました。これ、こっとんの作品。「やっぱりピンクがすき」。。。って感じかな？いろんな色を塗りたくって、最後はこんな色に。楽しかったな～２人ともとても嬉しそうで、我が家はこんな芸術っ気がない家なので、私は結構感動でした。ゆうちゃん～ありがとうね。</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Sun, 23 Nov 2008 18:17:37 +0900</pubDate>

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<title>オーラソーマ</title>
<description>オーラソーマというのを文ちゃんに教えてもらって、カラー心理診断というのを無料でやってくれるサイトを教えてもらったので、私も早速やってみました。。。。そうすると。。。。も～びっくり！というくらい、誕生数秘学の診断と似ていて、しかも当たっている～！！・・・気がするただ直感で４本のボトルを選ぶだけなんですよ。  ソウルボトル　本来のあなた　人生の目的と可能性044	   ボトル番号	044カラー	ペールヴァイオレット／ペールブルー ボトル名	The Guardian Angel　（守護天使） あなたは「天使の存在を信じますか？」という問いに対し、直感的に「イエス!」と答えるでしょう。『守護天使』という名のボトルを選んでいるくらいですから、もしや本当に天使の世界とすでにつながっていて、メッセージを受けとっているかも知れません。自分の心の奥に聖なるきらめきがあるのを見つけ、インスピレーションや夢を通して導きを得る力を備えています。自らの直感力を信頼すれば、そこから届けられる情報やメッセージを現実に活かすことができます。また、日常に小さな幸せを発見し、それを周囲の人々にも分け与えていくでしょう。そのことがあなたの人生のテーマと言えます。 う～ん。。。これは不思議ちゃんという意味かな？そんな私は天使の世界と交信するなんていう技術はありませんが。でも、自分がやってみてよかったこととかは、伝えていくのは好きかも。周りの方に、妙に説得力があると言われることもあります。でも、妙にという所がなかなか怪しいので、皆さん気をつけて。	 チャレンジボトル　 あなたの人生の課題やチャレンジ099	  ボトル番号	099カラー	ペ－ルオリ－ブグリ－ン／ピンク ボトル名	Archangel Tzadkiel/Cosmic Rabbits　（大天使ザドキエル） 自分のことが愛せない、人からも自分は愛されるはずがない、と感じている一面があるようです。あなたは現実を否定的に見てしまう傾向が強いために、何かにつけて不平不満を口にしがちです。あなたにとって自分を愛することが課題です。もっと自分を大事にしてあげましょう。苦痛を手放し、心身の緊張をほどいて、心からリラックスしていくこと。自然体でありのままのあなたでいることが大切です。自分の内側に強さと愛を見出せた時、新たな可能性が開けてくるでしょう。 あ～これはムチャクチャ当たってる・・・私は本当に自己評価が低く、常に「自分のことが愛せない、人からも自分は愛されるはずがない」と思っています。「自分を愛することが課題」・・・というのも先頃よく感じます。私は１人でいるとき、ふと気がつくと、自分自身に罵声を浴びせている時があります。とにかく劣等感が強い。。。当たっています。	ヒア＆ナウボトル　 あなたの今現在の状態098	  ボトル番号	098カラー	ライラック/コーラル ボトル名	Archangel Sandalphon/Margaret's Bottle　（大天使サンダルフォン） あなたは本当の意味で、自立していく時を迎えています。まずは、心に痛みをもたらした過去の出来事を許し、手放していくこと、インナーチャイルド（心の中に存在する幼い頃のあなた）を癒していくことです。それによって、今まで気づかなかった心の深いレベルにある豊かな愛の輝きに、ようやく気づくでしょう。そして、依存心や否定的な想いを克服し、自分の足でしっかり立ち、自分の人生を歩み始めることができます。例えば、ビジネスで独立したり、経済的に自立する道が開け、勇気を持ってその道を選択できるでしょう。 これは私にとってハードルが高すぎる。。。自分を癒す。。。とか、どうやったら良いんでしょう？自分にお金をかけることも苦手で、癒し方がよくわからないんです。でも。。。実は１つわかったことがあるような気がしているのも確かです。これについてはまた後日書きます。	 フューチャーボトル　あなたの未来の可能性 068	    ボトル番号	068カラー	ブルー ／バイオレット ボトル名	Gabriel （大天使ガブリエル） 古い考え方や執着を手放したことで、仕事や恋愛、友人関係、生活環境などに変化が生じ、“新たなスタート”を前向きな気持ちで迎えることができるでしょう。新しい環境でも本来のコミュニケーション能力を発揮するあなたは、周囲に自由で穏やかな雰囲気をもたらし、人々の間で良きまとめ役を務めるでしょう。また、相手の気持ちを敏感に受け止め、温かさや安心感を与えることができるので、努力次第でセラピストやソーシャルワーカーとしての道も開けてきそうです。 	 出たよ～「まとめ役」 これに関しては、正直まだ自信がないのだけれど。。。 「古い考え方や執着を手放したことで～」 これに関しては、アドラーを勉強したおかげでずいぶん手放すことができた気がする。。。。。。。と思っています。何だかちょっとビックリ。文ちゃん教えてくださってありがとうございます。興味のある方はこちら。。。http://www.voice-inc.co.jp/aurasoma/reading.html</description>
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<category>私ぬらちゃん</category>
<pubDate>Sat, 22 Nov 2008 15:38:45 +0900</pubDate>

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<title>気がついてしまった・・・</title>
<description>実は今、鈴鹿でパセージをやっているのですが、先週、「共同の課題」のところをぷくちゃんと単発受講してきました。パセージは一度受けると、単発で受けることができます。「共同の課題」と、「目標の一致」がさっぱり実生活に活かしきれていないので、もう一度勉強しなおしです。（以前のパセージ「共同の課題」の様子はこちら。。。http://nuramama.jimab.net/e7093.html）始まってみると、なるほど。。。１回目の時とはちょっと違います。何が違うって。。。。忘れてる～～～～が～～～ん！！それに皆さん子どもに対する対応がとても丁寧で、頭が下がります。何か、私。。。やばくない？？すっかり忘れてるじゃんよ～もう一度勉強だ～まず「課題の分離」これは子どもの課題なのか、親の課題なのか。次に「共同の課題」にできるかどうか。。。共同の課題にするためには、条件がありました。１．子どもから親に頼んできた時　　（言葉ではっきりと頼まれてから手伝う。　　　引き受けることも断ることもできる。）２．子どもの行為の結果、親や親以外の人が迷惑をこうむった時。　　（誰かが有利、不利になるようなとき《兄弟げんかなど》は共同の課題にしない方がいい。）ここで、やっぱり兄弟げんかはどうするのかというのがあげられました。ぷくよちゃんが事例を挙げてくれました。テレビを見ている弟に、ちょっかいを出してくるお兄ちゃん。足をつついたり、体を触ったり。。。。弟はイライラします。「やめて。やめて。」「も～～～やめて！！」それでもお兄ちゃんはやめてくれません。「ママ～～～○○（お兄ちゃん）やめてくれない！！」そんな時お母さんはどういう対応をしたらいいのだろう？？以前受けたパセージの時は、兄弟ケンカについて、ここでお互いの話を聴いて、どちらかが悪いとかお母さんが決めるのはお母さんが裁いてしまう。やはり介入せずに、「怪我なくてよかったね～」くらいにとどめた方がいいのでは。。。という話になりました。ところが、今回ロールプレーをしてみて、気がついてしまいました。私がいつもやっている兄弟ケンカに対する対応は無責任育児だということに。。。。。。。というのは、もし同じようなことがうちでもあったら、私は課題の分離をして、「兄弟ケンカには介入しない」と思い、「やめてくれない」と下の子が訴えてきたら、「お兄ちゃんに言ってね」と、言ってきました。。。。。でもこの事例では、散々お兄ちゃんに「やめて」って訴えているよね～うちでもそうだった～。散々やめてって言ってる～それなのにお兄ちゃんがやめてくれないから、助けを求めたのよね～私がやっていたことはむしろ突き返していただけだ～あははは～これじゃ、「お母さんは仲間」じゃないよね。以前書きましたが、もう一度、野田先生の言葉を引用しますね。「課題の分離」というアイデアがある。「子どもの課題に親が介入しないように」という文脈で普通は使われるのだが、それは子どもに責任をもって生きてもらうためだ。「勉強は子どもの課題」と言ったとき、「子どもは世のため人のために役に立つ人材になるために勉強する責任がある」という意味だ。しかし、そういう風に人は受けとってくれなくて、「勉強するかしないかは子どもの自由だ」という風に受けとる。　アドラー心理学の世界には、社会への責任をともなわない自由や権利はない。だから親は、全力をあげて子どもが勉強するように援助しなければならない。そのための第一段階として「課題の分離」があるわけだ。不登校に関しても同じことで、親は全力をあげて子どもの再登校を援助しなければならない。兄弟ケンカは子どもの課題。私は介入しないわ。勝手にやりなさい。ケンカをするのもあなた達の自由よ。。。。。。。と、私は、「課題の分離」を無責任育児に使っていたわけです。。。。子どもが「ママ～助けてよ～」と、「共同の課題」にして欲しいと持ちかけていたのにもかかわらず、「課題の分離」止まりで、そこから子どもの話を聞くことも、何もしなかった～が～～～～～ん。（笑）その日の夜、やっぱりうちでも恒例の兄妹ケンカがありました。「ママ～こっとんが、○○返してくれない～」（子どもから言ってきた事なので、共同の課題にできると捉えていいよね。）「そっか～こっとんどうしたかったの？？」（開いた質問）「・・・・」（２歳に開いた質問は難しい）「にいにと一緒に遊びたいの？」「うん」「じゃあ、一緒にあそぼって言ってみたら？」「あ～ぽ～ぼ」（あそぼ）「いいよ～でもこれは取らないで欲しい。こっちはいいよ」こっとんとっても嬉しそう。裁かない援助はできるよな～何でこんなに簡単なことに気がついていなかったんだろう。リーダーさんが教えてくれることはないのですよ。そう。パセージのリーダーさんは答えを教えることはない。っていうか、答えはないのかもしれないな～私たちの話し合いを取り持ってくれているだけ。でもそうやって、仲間の話を聞いたり、ロールプレーをしている中で、自然と気がつく。自分の力で気がつかないと、ストンと落ちないんだよな～そして落ちると。。。。変わる。。。。。。気がする。やっぱりパセージってすごい！本を読むだけでは気がつかないことを、いとも簡単に気づかせてくれる。次の木曜日は「目標の一致」です。次は何を気づかせていただけるのだろう。。。。楽しみだ。</description>
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<category>アドラー心理学</category>
<pubDate>Mon, 17 Nov 2008 06:40:33 +0900</pubDate>

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<title>花花さんのログハウス♪</title>
<description>大変遅くなりましたが、キャンプ２日目、花花さんのログハウスに行った時の写真ですよ～大久保キャンプ場からちょっと登っていくと、ログハウスが見えました～～～花花さんと文ちゃんと長女さんです。長女さんも次女さんも花花さんのお手製の服を着て、とってもかわいらしかったですよ～２人とも気さくにお話してくれて嬉しかった～でも１日目酔っ払った勢いで話をしたから、（じゃないと話ができない。。。）ごめんね。変な人で。あれは別人だからね～あったよ～木彫りのおじさん。中に入ると、こっとんがこの椅子に座って回っていました。とっても楽しそう。はぐママさんの３女ちゃんありがとうね。お父さん。。。かっこいい～机も、棚も手作り～ステキ～～～～～～～ごつパパは、入った途端、歓声をあげていました。「入ったらアメリカンだぞ～別世界だ～！！」と、大興奮。インテリアのセンスがとてもステキなの～夢にまで見た薪ストーブ！窓が少し開いていてもぽかぽかのあたたかさ。いいな～～～～ごつパパは、お父さんとお話しまくり。師匠と弟子。。。です。「もしかしてうちも別荘作ってくれるの？？」「う～ん。。。。先立つものがな～」やっぱり？？誰か土地くれないかな～置いてあるものが何をとっても絵になります。ステキだわ～キッチンもお父さん手作りだよ～電子レンジは拾ってきたって。。。あ～どっかに別荘落ちてないかな～２階は、あこがれのハイジの世界。おじいちゃん、干草の上にシーツをひこうよ。そしたら私。。。なぜか飛ぶの。ありえないけど。。。。（わかる人いるかしら？？）ゆう君、屋根の上に出たよ。あ～～～～～本当は私も上りたかった。。。そして布団をひいてその上に寝転がるのだ～夢の世界で感激でした。夏には川が流れるそうです。山に川！理想だよ～本当にステキ。また行きたいな～</description>
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<category>家族</category>
<pubDate>Sat, 15 Nov 2008 06:26:51 +0900</pubDate>

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<title>ブログ開設１年の日にオフ会ＩＮ静岡</title>
<description>１１月８日、９日にじまブロのオフ会が静岡でありました～藤枝市の大久保キャンプ場にて、キャンプです。朝７時半頃出ました。着いたのは１１時頃。ちょうどいいくらいに着きました。着いてみると、もう到着している人たちが。。。。あ～あれは！！花花さんだ。そう思うと、も～急に緊張し始めて・・・車を降りて挨拶しても、も～「よろしくお願いします」としか言えない。。。そして横に見知らぬ女性が。。。。「え～～～文ちゃん？？」私は花花さん家族しか着ていないと勝手に思い込んでいたので、突然の文ちゃん登場に、びっくり！！花花さんは、も～チョ～かわいらしい方でした。ふんわりとした思ったとおりの人。。。。おかあさ～～～～～～～～～ん！！！文ちゃんさんは、美人～～～！元気で明るくて、声が高くて、話しやすい～感激！！そしてキンチョ～～～～！ふと見ると、はぐママさんが。。。。何だかホッとしちゃって。。。。おかあさ～～～～～～～～～ん！！もう思考能力ゼロ。緊張のままバーベキューハウスへ。そして始まりましたよ～花花さんですよ。次女さんと旦那さん。マダ～～ムな文ちゃん。はぐママさんとはぐパパさんと、三姉妹さん。会えたよ～yukichiちゃんと巨匠。ヘラヘラ店長さん。（ラを横線で消して、ロにしてください。各自で。）きなこママさんと、ネオさんのスタッフさん、左のダンディーなおじ様は、花花さんの旦那様です。こっとんにもお友達ができました。ん～～～～かわいすぎる。同じ年です。多治見太鼓のこうちゃんさんが持ってきてくれた太鼓をたたいています。ししうまもこっとんも、他の子ども達もとても喜んでいました。子どもがたたくといい音がするんです。不思議と。まっすぐな気持ちがそのまま太鼓に表れるのかしら。。。はぐママさんの３女ちゃん、こっとんと本当に良く遊んでくれたのです～ありがとうね～それに「子きみちゃん」をはじめ、ネオさんのスタッフさんたちが子ども達とたくさん遊んでくれて。。。ありがとうございました。感謝です。なんと！ゆうちゃん登場！むっちゃ嬉しかった～！！会えると思っていなかったから。嬉しかったよ～～～そしてこの頃から精霊さんがやってきましたよ。花花さんの頭の上に大きい白い玉があります。こうちゃんさんの太鼓はそれはそれは力強くて見事でした。楽しい雰囲気につられたのかな？？たくさん精霊さんがやってきてくれましたよ。幸運の玉というそうです。子ども達が多いところや楽しいところに集まるとか。。。嬉しいな～ハイ！これ決定的瞬間。ママ、バチで自分の頭をたたいてます～ホント、マンガみたい。体張ってまで面白いことをしてくれるとは。。。。さすが！ママ！わざとだよね。。。ね。はぐパパさんは本当にまめに動く方で、頭が下がりました。キャンプの達人で、キャンプのお話聞かせてもらうだけでもたのし～！はぐパパさん手作りのたませんを食べているママです。店長さんのたこ焼きもおいしかった。ワインもおいしかった。たくさん食べて飲んで、夜は更けていったのです～私。。お酒入るといつも以上に頭がおかしくなるので、変なこと言いまくりかも。失礼なこと言っていたらごめんなさい～たくさんのプレゼントをいただきました。も～ホント、皆さんすごすぎる。愛がたくさんこもっていましたよ～hauoliさんのとまとジュースも驚くくらい甘くておいしかった。ちゅんちゅんさんの柿もごつパパが絶賛。皆さん本当にありがとうございました。今日、早速子ども達ははぐママさんに頂いた光るブレスレットで、遊びまくっておりました。くるくる回しています。キレイでしょ～実は１１月８日で、ブログをはじめて１年が経ちました。あっという間でした。そして今までで一番変化した１年でした。その上、じまブロのスーパーおすすめブログに認定されました～！私さっぱり気づいていなくて、ちゅんちゅんさんのコメントで気づいて。。。選んでいただいて、ありがとうございます。恐縮しています。でも１年目のステキなプレゼントを頂いた気分です。ありがとうございます。１年経って、皆さんのおかげで、自分の問題が整理でき、皆さんの励ましで、前向きに過ごせたと思っています。感謝感謝でいっぱいです。こうやって、２年３年と続いていくといいな～これからもよろしくお願いします。</description>
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<category>家族</category>
<pubDate>Mon, 10 Nov 2008 20:18:24 +0900</pubDate>

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<title>夫婦って何なの？パート２</title>
<description>（注）かなり長いので読むのはやめましょう。やめるなら今です。皆さん、前記事読んでくださってありがとうございます。コメントくださって励ましていただいて、どれだけ元気になったか知れません。私は本当に甘ちゃんで、何もわかっていないのですが、今回のこと整理してみました。我が家は義父母と敷地内同居をしています。同居とも違う、離れて暮らすのとも違う独特な難しさがあります。離れて暮らしていれば、自分たちで選択していけることも、なかなかそうはいきません。義父母と自分たちの意見が合わないという事は往々にしてあると思うんですが、そんな時、私はいつも悶々としていました。なぜそういう考え方をするのだろう。今の時代、こう考えるのが当たり前だ。（思い込み）そういう捉え方は理解できない。納得がいかない。義父母も、きっと同じように思っているんですよね。なぜ「嫁は」こういう考え方をするのだろう。「周りの人」はみんなこうしている。（思い込み）そういう捉え方は理解できない。納得がいかない。そして言われる。「うちのごつに限って」、そんな考え方をするはずがない。（思い込み）「嫁」のせいだ～～～と。あはははは（本当は笑えないんだけど。。。）こういう流れって多いのではないでしょうか。私自身、義父母に関しての裁判記録が捨てられない。もちろん私が裁判長です。でも相手を裁いていては、この迷路の中から抜け出せないんです。それはごつパパのことで実感しています。スピリチュアルワークで、野田先生に、「裁判記録を捨てなさい」と言われた時、わかっちゃいるけど捨てられない自分がいました。いつまでも根に持っている自分が。子どもに対しては、素直にできることが、相手が大人となると途端に難しくなってしまいます。ごつパパに関しては、スピリチュアルを意識して以来、その迷路から、片足だけ脱出することができましたが、義父母に対しては、いまだ迷路の中です。今回の問題を自助会で話しました。そこでリーダーさんが、いつもとは違う方法で、私の話を聞いてくださいました。１つは、ごつパパと私のたった一つの会話を元に、仲間がパーソナルストレングス＝その人の「強み」を引き出してくれました。＊ごつパパのパーソナルストレングス＊感情的にならない状況をすぐに判断できる素直に受け入れる楽観的＊私のパーソナルストレングス＊行動的引っ張っていってあげられる物事をはっきりさせようとするそれ以上しつこく攻めない同じ目標を探しだしているその他にもいろいろな方法で、開いた質問を投げかけてくださり、私は思いのままにしゃべり続けました。そしてスピリチュアルワークの時と同じ、彼を愛せない自分に泣けてきました。そして気づいてしまいました。私が「世界征服を企んでいる」ということに。これはスピリチュアルワークの時にも気づいていたことでした。つまり私は、私の意見が全て正しくて、周りの人を自分の思いのままに動かそうとしていたということ。私の苦悩は周りの人が私の思うように動いてくれないから起こるのだということです。あ～～～も～～～やだな～～～こういうことに気づいてしまうと、ぐったり疲れる。じゃあ、私はどうすればいいわけ？？？と思うわけです。そうすると、究極な考えに陥る。「私がいなくなればいいんだ」（これは常に思っている）「離婚してこの辺の自立していない若くてかわいい子と再婚すればいいのに」「そうすればみんな幸せだ」（思い込み）などと。。。。あ～これではダメだと思い直すのですが、「まず世界征服の野望を捨てよう。」（野田先生が妄想の中で言っている気がする）「世界征服の野望を捨てるということは、親の言う通りに我慢して生きるということ？？」（ちがうだろ～）「わけわからな～い」そしてドツボに。。。。そんな時、リーダーさんと、たまたま瞑想の話をしていたことを思い出しました。瞑想って何がいいことがあるのかさっぱりわからないと言ったら野田先生の本を読んだら？と言ってもらって、もう一度瞑想のところを読み直しました。読んでいるうちに、対人恐怖症の人の事例が出てきたんです。対人恐怖症を治したいとやってきた人に対して、野田先生は、「対人恐怖症というステキな症状がなくなったらあなたは絶対に不幸になります。対人恐怖症であるためにあなたがどんな得をしているか考えてみてください。対人恐怖症を最大限に活用して、幸せに生きる方法を学ぶ決心をしてください」これで対人恐怖症の症状はなくなったそうです。「症状を嫌うから症状に嫌がらせをされるんです。症状と仲良く付き合おうとすれば問題はなくなる」「自分の中に問題点を見つけようとすると、無限に見つかります。雑草を根絶しようとしても無駄なんだ。まずでっかい花を咲かしてしまえばいい。そうすれば雑草は気にならなくなるから」これを読んで私は、「世界征服のまま大きな花が咲かせられないのか」と考えました。私は強みとは思ってはおらず、むしろ下手くそだと思っているのですが、「リーダーシップをとる。行動的。」という強みを活かすように生きればいいのではないか。（誕生数秘学で、未来が１。目指すところはリーダーシップを取れる人間。当たってる～）あ～でもこの解釈は間違っているかもしれませんが、その時はそれしか道がない様に思っていました。そして気がついたんです。私はごつパパのようになりたいのだと。私は大学の頃の彼が好きだったんだと。今でこそ、安定、安住を求めてリーダーシップをとれない、言いたいことも言えない。自分の意見がない。。。。と攻められる彼ではありますが、（誰に？私に。）私が好きだったあの頃の彼は、自由にのびのびしていて、世界征服をせずにリーダーシップをとっていた人でした。（彼の未来は５。目指しているのは自由に羽ばたくこと。当たってる～）強く引っ張り過ぎない、押し付けない彼のスタンスが私はとても好きで、自分が思うリーダーシップってこれだと思うものでした。ところが三重に帰った途端、そんな彼がいなくなってしまいました。いろいろな影響があるんだと思うのだけれど、そんな彼を「どうにかしてあげたい」と思っていた自分に気がつきました。今まで彼と衝突することがたくさんあったけど全ての発端は私の「今の彼はあの頃の彼とは違う」「彼をあの頃のように自由にしてあげたい」という想いからだったのだと気がつきました。「あの頃の彼に戻れば、私は彼をまた愛することができる」という想いだったのかもしれません。だから世界征服をたくらんでいたのだ～～～～～彼を自分の思い通りにしようと思っていたのです。おそらく。しかし私が彼を変えることはできない。彼の課題に踏み込んでいたのは私だと。彼の課題は彼に返そう。そう思いました。隣の義父母が絡んだ問題は、簡単に言うと、ＡとＢ、どちらを選択するか。。。という問題だったのですが、義父母ははじめ、「自分たちの思うようにしなさい。Ａを選んだっていいんだ」と言っておきながら、いざ私たちがＡを選択したらとてもあわててしまって、「Ｂだ。Ｂだ。」といい始めました。彼の決断は、結局Ｂでした。でも義父母の意見を飲んだのではなく、（結局飲んだけど）仕方なしにＢにしたのだということを伝え、私たちは子ども達にはこんなことはしないと宣言してくれました。ごめんなさい。わかりにくいですよね。今回のことで、たくさんのことを勉強しました。「自分の思い込みが自分を苦しめている」「こうでなくては、こうあるべきだ」があるから苦しい。そして時代の過渡期。昔からいわれる「こうあるべきだ」。。。。。。例えば長男は家に戻らなくてはいけない。。。。家事は女の人がするもんだ。。。。育児は女がするもんだ。そういった考え方ができにくい時代になってきたということ。今までの考え方を押し通そうとすればするほどひずみが生じる時代となってきた気がします。例えば「家」に帰ったところで家はあるけど仕事がない。女性が男性と同じように働いていく時代に、家事も育児も女性というのは無理がある。これにみんなうすうす感づいてきた気がします。大谷さんが、今は２０世紀の考え方から２１世紀の考え方に移行する時というのは、こういうことかと実感します。そして「嫁とは」お嫁さんというのは、その家を変えるために導かれているそうです。私は何でこの「家」と対極にいる「私」なのか不思議でした。そのくらい考え方が正反対。でもご先祖様が変えることを望んでおられるのかもしれません。（本当か？？？でもそう思わないとやってられないぜ）そして世界征服の野望。。。。捨てられるかしら？？心配。。。。「こうした方がみんな幸せじゃ～ん」という独りよがりの確信から抜け出せるか心配。また野望を持っちゃうかも。。。でも方向性はわかりました。「世界征服をしないリーダーシップ」やっぱりリーダーシップをとるような方向に行くんだ。。。。いやだいやだ。。。とはもうそろそろ言っていられないのかもしれません。だってもう動き出してしまったのだから。。。。</description>
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<category>アドラー心理学</category>
<pubDate>Sat, 01 Nov 2008 06:02:03 +0900</pubDate>

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<title>夫婦って何なの？</title>
<description>実はこの１ヶ月、ものすご～～～く悩んでいました。何に悩んでいたかというと、「夫婦とは」「嫁とは」「親とは」「家とは」「生きるとは」。。。。といったところでしょうか。詳しくは言えませんが、義父母と私たち家族に絡んだ問題がわいてきたのです。誕生数秘学では、１０月は「動揺」の月だそうで、もう私にとってもピッタリ！当てはまりました。なるべく急いで結論を出すことなく、ゆっくりと動揺に任せて生活してみたところ、ある程度一区切りを得ることができました。この選択でいいのだろうか？？？それはさっぱりわかりません。ただわかったのは、今が「時代の過渡期」だということ。自分の「思い込み」が自分を苦しめているということ。そして。。。。自分が「世界征服を企てていた」ということ。（笑）今日はここまでにしておきます。訳のわからない記事でごめんなさい。すごく伝えたいことなのですが、どう伝えたらいいか、いまだ考え中です。</description>
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<category>私ぬらちゃん</category>
<pubDate>Thu, 30 Oct 2008 06:56:35 +0900</pubDate>

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<title>誕生数秘学</title>
<description>お気に入りに入っている大谷っちの自己実現人生ブログの大谷さんはスピリチュアルな話をたくさんして下さるんですが、彼のブログで、誕生数秘学を教えていただきました。はじめはただの占いのような感じで見ていただけなんですが、メールマガジンを読むようになって、あまりにも面白いので、本を買ってしまいました。「占い」という名前を掲げていますが、実際は、カバラ数秘術というあのピタゴラスが、まとめたとされ、「人類最高の知恵」と、熱烈な支持を得ているそうです。ビジネスに活用している人も多いとか。。。。誕生日の数字を使って、過去世　現世　未来を読み解くことができます。過去世は、「魂のクセ」を表し、若い頃の特徴が現れたりします。現世は、現在の基本的資質を表しています。未来は、今回の人生で目標としているゴールを示しています。「今回の人生ではこれを達成しよう」という意味で、その人の苦手分野、チャレンジすべき方向性です。私は過去７　現世４　未来１です。過去の７は「クールでタフな内面アダルト」早くから自立していて、小さい頃から１人でいることが苦にならないタイプ。完璧主義で忍耐強く努力家。物事の裏側にある真理を探そうとする。過去世の職業は、宗教家、修行僧、武士、学者、手工芸職人１人で修行を重ねた孤高の人。現世の４は、「マジメな粘り強い努力家」未来の１は、「決断できない中途半端リーダー」「自らの人生に責任を持ち自分で決断し、リーダーシップを発揮すること」を目標としている。これ。。。とっても当たっているんです。。。私は１人でいることは嫌いではなくて、理想は高く、物事の心理を知りたいと思うタイプ。努力家かどうかは疑わしいですが、四角四面にこうでなくてはいけないという思い込みが強い。そしてリーダーシップを取るのが苦手。自分はうまく立ち回れないと常に思っていて、周りの事を考えすぎて、訳がわからなくなります。それなのに、今、いろいろな人間関係で、リーダーシップを取らなくてはならない状況になってきています。自分がリーダーシップをとれる人間になりたいと思っているのかしら。。。？？ちなみにごつパパも当たっています。過去６、現世３３、未来５優しく正義感も強いですが、保守的で腰が重い。「安定」という名の下に不自由さに甘んじて自分を納得させてしまう。奇人変人の３３の生き方はハードルが高いので、難しいようです。そして結婚記念日からも夫婦のテーマがわかるみたいなんですが、私たちの数字は７私たちがテーマとしているのは、ズバリ「自立」私、これを読んだ時、あまりに当たっていて大ウケ。うちの内情を知っている人はびっくりすることでしょう。というわけで、やってみたい方はこちら。誕生日占い。現世のスピリチュアルナンバーだけはこのサイトで、知ることができます。http://www.jba-net.com/index.html過去世は、生まれた日のみを一桁になるまでたします。ただし、１１と２９日生まれの人は、１１です。未来は、生まれた月日を一桁になるまでたします。ただし１１になったらそのまま。</description>
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<category>私ぬらちゃん</category>
<pubDate>Sat, 25 Oct 2008 08:21:30 +0900</pubDate>

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<title>筆ができました</title>
<description>先日切ったこっとんの髪の毛で、筆が出来上がりました。桐箱に入っているんですが、桐箱の表に「言葉」を書くことができます。ししうまは「心豊かにたくましく」こっとんは「ぽかぽかのほほえみ」私たち親から子ども達に贈る言葉です。筆にも言葉を刻めます。これは２人とも、「ありがとう」私たちのもとにうまれてきてくれた感謝の気持ちをこめて、決めました。こっとんに筆を作るときは、正直言って、上の子にも作ったし。。。お金かかるけど。。。。作らないとな～くらいの感じだったんですが、（ごめ～ん）やっぱり作ってよかった。自分たちの感謝の気持ちを伝えられる記念品ができたことを嬉しく思います。</description>
<link>http://nuramama.jimab.net/e17275.html</link>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Thu, 23 Oct 2008 06:20:24 +0900</pubDate>

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<title>叱るということ</title>
<description>アドラー心理学は、「ほめても叱ってもいけない。。。。勇気づける」と言われます。（詳しくは。。。http://nuramama.jimab.net/e2519.html）そのおかげでほめるということはずいぶんなくなり、子どもの「貢献」に注目するようになりました。「ありがとう」「助かるよ～」でも。。。。難題は「叱る」ほう。私は叱られて育ってきました。それも常に。そのおかげで、問題点を見つけることが得意になりました。同時に人の罪を数えるのも上手です。。。。。。。。。だめじゃ～～～～～ん！！大学時代、キャンプカウンセラーのサークルに入っていました。とても体育会系の愛情あり、厳しさありの場所でした。大学４年目になって、私は「叱り役」だったと思います。その当時は、自分の愛情でそうしているつもりだったし、メリハリを付けたり、個人を人前で攻撃せず、全体に対して、叱ることをやってきました。実際そういった「役割」をする人間がいないと締まらなかったり、大学生の集まりなので、馴れ合いに終わってしまうこともあり、これが自分の役割なのだと言い聞かせてきたように思います。歴代の先輩方がそうしてきたように。自分を「叱り上手」だとさえ思っていました。その人たちに今一番必要なことを考えて、声をかける。タイミングが合うと、叱るという行為がとても有効に働くような気がしていました。そういったクセがついている私にとって、「叱らない」育児というものは苦行です。「あかんやろ？」「ダメ！」「何回も言わせないで！」。。。。ここに書き込めることはこれくらいかしら。。。？？それが子どもを「しつける」ことだと思っていましたし、それ自体叱っているという感覚さえなかったような気がします。そんな私がアドラー心理学を学んで、叱らないように気をつけてきました。不適切な行動を見ないように気をつけてきました。でもそれって過保護なんじゃないの？甘すぎるんじゃないの？悪いことをしてしまうんじゃないの？？？確かに叱ることをやめれば、子どもとの関係は悪くはならないかもしれない。でも、それでは、悪いことを野放しということ？？？野田先生は「アドラー心理学は子どもたちが家族や社会に対する責任を引き受けて生きるように援助する方法」とおっしゃっています。「課題の分離」というアイデアがある。「子どもの課題に親が介入しないように」という文脈で普通は使われるのだが、それは子どもに責任をもって生きてもらうためだ。「勉強は子どもの課題」と言ったとき、「子どもは世のため人のために役に立つ人材になるために勉強する責任がある」という意味だ。しかし、そういう風に人は受けとってくれなくて、「勉強するかしないかは子どもの自由だ」という風に受けとる。なんというアナーキズム！　アドラー心理学の世界には、社会への責任をともなわない自由や権利はない。だから親は、全力をあげて子どもが勉強するように援助しなければならない。そのための第一段階として「課題の分離」があるわけだ。不登校に関しても同じことで、親は全力をあげて子どもの再登校を援助しなければならないこれは野田先生のブログから引用したものですが、私にはちょっとした衝撃でした。。。。というのも、アドラー心理学を勉強して、例えば子どもが幼稚園や保育園などに行きたがらなくなった時、幼稚園に行くことは子どもの課題だし、子どもに任せてみて、それでも「行きたくない」と言うならば、「そんなに行きたくないなら行かなくていいのではないか」と、究極の考えになりやすくなっている自分や、友人がいて、とても「行き過ぎ」てしまうんです。行き過ぎると、いとも簡単にやめることを選択したり、フリースクールを考えたりしてしまいます。でもそんな究極の考えをする前にきっともっと私たちにできることがあるのかも。。。例えば朝起きることが子どもの課題だからといって、急に子どもに任せてもうまくいかない場合もありますよね。子ども一人ひとりによって援助の仕方が違って当たり前ですね。そしていろんな援助をした後、やっぱり朝起きることは子どもの課題～として、子どもに返す。そうか・・・・自分が究極の考えやアナーキズムに陥りそうになったのは、課題の分離と話し合うことに固執した結果だったのですが、本当のアドラー心理学はそうじゃないんですよね。なるほど、責任のとれる子に育てる援助なんだ。それならばもっと丁寧に、子どもとの生活を見直すべきかもしれないな～ちょっと話がそれました。「叱る」ことに戻しましょう。例えば子どもが万引きをしたとして、それについて、叱ることで、子どもが万引きをやめるのであろうか。。。と考えた時、「叱られること」がかえって注目関心を引くことになり、むしろ万引きがやめられなくなるかもしれない。じゃあ、野放し？注目しないわけだから。。。。そんなわけないですよね。野放しでは「社会に対する責任を負った」とはいえない・・・そこで、『援助』なわけだ。。。。この『援助』が難しいな～我が家ではししうまが汚い言葉を使うので、どうすべきか悩んでいます。こっとんがししうまの言葉をそっくりそのまま真似をするので、言葉遣いが汚い。「お前何してんだ～～～」とか言ってます。不適切な行動が助長しないようにあまり注目せずにきたんですが、あまりにもひどいので、ししうまにこっとんが真似をするからやめてもらえないかと頼みました。同時に良い言葉遣いのときに、「今の言い方ステキだな～」と、適切に注目しようとしました。でも私の言い方が、きつく感じたのか、「ママ、僕のこと怒らないで」怒っているわけではないんだけどな～～～どう勇気付けてあげたらいいのやら。。。？？？今度の自助会にこの話を持って行こう。で？？叱ることについての答えが出ていませんよね。きっと千差万別なのではないかと思います。ん？？答えにならない？？そんな時に読んだ岸見先生のブログ。。。とても心に響きました。一部引用しますね。子どもがもしも自分の行動の意味を知らないのであれば、教えればいいだけのことで、感情的になる必要はありません。もし知っているのであれば、先に見たように、子どもはあえてそのことを行ったのですから叱ることは逆効果です。叱らないという私の話を文膜の中で理解しない人は、そのことだけをとらえて放任だという批判をすることがありますが、歩きながらミルクを飲んでいてこぼしてしまった息子への対処を例について見たように、放任、さらに子どもに代わって親が責任を取れば、子どもは無責任を学んでしまいます。何もしないといっているわけではないのです。ではどうすればいいのでしょう。毅然とした態度で臨むのです。ただしこれは言葉で理解できる以上にむずかしく、感情的になるのは容易です。毅然としているつもりで、感情的で威圧的な親は多いのです。私はこの毅然とした態度を威圧的な態度と区別しています。講義をするために何度か富山に行ったことがあります。いつもは、雷鳥号に乗るのですが、ある時、時間の関係で白鳥号に乗っていきました。これは大阪発、青森行きの特急です。雷鳥号ですと富山が終点なので安心なのですが、白鳥は青森まで行くので寝過ごしてしまったらどうしよう、と最初京都から乗った時は緊張していましたが、講義の準備をするうちに、いつのまにか眠り込んでしまいました。眠りに落ちて間もなく、急にまわりが騒がしくなりました。見ると、途中の駅で、中年の男性が乗り込んできました。指定席なのに、一つの席にすわったかと思うと、また別の席に移っていきます。困ったことになった、と思っていたところ、しばらくして、車掌さんが切符を見にきました。無賃乗車だったのです。そのことはまわりの乗客にもわかっていたのですが、私はめんどうなことにはかかわりたくないと思って何もできないでいました。車掌はその人に切符の呈示を求めましたが、切符を持っていません。「〔切符を拝見していないのは〕あなただけです。他の方の切符は拝見しました。他の乗客の皆さんの迷惑になります。私はこの列車の責任者です。降りてください」まわりの乗客は固唾を飲んでこの二人のやり取りを見ていました。降りるようにといわれて、今にも殴りかかりそうな様子でした。結局、その男性は、高岡駅で不満そうに降りて行きました。この時の車掌さんの態度は、少しも威圧的では終始冷静なものでした。その態度は毅然としたもので、勇敢に対処する姿は乗客の心を打ちました。「私はこの列車の責任者です」という言葉に権威を振りかざすという響きはなく威圧的な態度と毅然とした態度は違うものであることに思い至りました。あ～～なるほど。「やさしくきっぱり」だ～～～でもきっと「やさしくきっぱり」を乱用したらダメなんだろうな。。。例えば、話し合ってゲームをやる時間を決めたのに、約束を破ってしまった場合、ペナルティとして、約束を破ったら、その場でゲームは終わりと決めたのだから、「やさしくきっぱり」「毅然とした態度で」終わりであることを告げるべきってことかな。なるほどなるほど。。。。と納得しつつも、やっぱり、子どもを叱らず、子どもとの良い関係を保ちながら援助するのは、なかなか難しいな～と感じているのであります。岸見先生のブログ、「叱ることをめぐって」の全文はこちら。１と２があります。http://kishimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-6abb.htmlhttp://kishimi.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-515f.html</description>
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<category>アドラー心理学</category>
<pubDate>Sun, 19 Oct 2008 14:13:40 +0900</pubDate>

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<title>ウォーターボーイズ♪</title>
<description>一週間も前の話になりますが。。。。バルーンを見た後、その日は体育の日だということで、県のスポーツ施設でイベントがありました。小学１年生から参加のものが多く、こっとんもししうまも遊べるところは少なかったんですが。。。。いつもは経験できないニュースポーツで楽しめました。ミニサッカーにししうまも入れてもらって大ハリキリ。ししうまはサッカーが大好きです。そしていよいよ楽しみにしていた、鈴鹿高専のウォーターボーイズです。何年か前、ドラマでウォーターボーイズをやっていた頃、鈴鹿高専はテレビの選手権で、全国で１番になったほどの実力ある学校です。あ～良い眺めだわ～跳ぶわ跳ぶわ！！すごい迫力。何もないプールで、きれいに整列します。スゴイ！たくさんの人が見ていましたよ～やぐらです。水の中で、人を支えるのは大変だろうな～くるっと１回転。プールは普通のプールです。頭は打たないのかしら・・・？？？女の子もいてびっくりしました。良い思い出になるだろうな～何事も一生懸命に取り組めるっていいですよね。私は高校時代にそういった経験はないので、うらやましいです。若さ特有のクレイジーな演出も面白かった。やっぱり若者は狂わなくてはね。初めて真近に見たウォーターボーイズでしたが、かなりの迫力で、とても楽しかった。こっとんも、興奮して、泳ぐ真似をしていたし、ししうまも「見てよかった」と喜んでいました。そんなこんなで遊びまくりの３連休だったのです～～～</description>
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<category>家族</category>
<pubDate>Sat, 18 Oct 2008 06:31:12 +0900</pubDate>

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<title>バルーンフェスティバル</title>
<description>この連休中、鈴鹿川の河川敷で、バルーンフェスティバルがありました。初日は雨でダメだったんですが二日目からは快晴。我が家は毎年このイベントをとても楽しみにしています。昨年、一昨年と、台風の直撃にあい、日程を変更して行なわれた今年は、天気にも恵まれて、とても感動的でした。2日目朝６時１５分ごろ会場へ向かいました。バルーンは朝早くにあがります。天気より風が強くないことのほうが大事だからだそうです。鈴鹿市のバルーンと、アシモ君です。立体的で、手を振っているみたいに感じられます。バルーンが見えてきました。競技は、バルーンが、ゴールにマーカーを落とし、ゴールに近い人が点数が高いというものです。速さや、高さは関係ありません。今回は、どうやら、この会場がゴールになっているようです。どんどん近づいてきました。見えてくるバルーンも増えてきます。各々がゴールを目指して、マーカーを落としていきます。キレイでしょう。今年は青空に映えてとても美しかったです。この赤いバルーンがマーカーを落としました。わかります？？赤くて長いリボンのようなものが落ちていきます。うまくゴールに近づけたバルーンはどんどん高度を下げ、地上すれすれにマーカーを落としていきました。そしてまた空高く上っていきます。ししうまもこっとんも夢中で見ていました。そして。。。乗ったんですよ～体験搭乗は、この日は結果的に１０００名の人が乗ったそうです。うちもずいぶん待たされましたが、乗ることができました。これに乗ってますよ～ごつパパはずっと乗りたがっていたので、嬉しかったようです。昨年は風の影響で、並んでいたのにもかかわらず、私たちの前の人までで、搭乗打ち切りになってしまいました。念願の体験搭乗です。３日目今朝も６時に行ってきましたよ～今回はこの会場がスタートのようです。これが見たかった！！スタートがこの会場の場合は、競技に参加する３０基が次々と上がっていくんです。それはそれは圧巻です。どんどん膨らましています。立ち上がってきました。これだけ数があると圧倒されます。そして次々上がって行きます。私たちの真上を通っていきます。曇っていたのが青空も見えてきて、本当にキレイ。空にあめ玉が浮かんでいるみたいです。早起きは三文の得だな～この後、車でゴール地点まで追いかけました。今年は風も緩やかだったので、追いつくことができました。私は、本当にこのバルーンの風景が好きで、見ているだけで、幸せな気分になれます。何年も見ているのに、やっぱり１人で興奮して。とっても美しかった。２年我慢したので、余計にそう感じました。</description>
<link>http://nuramama.jimab.net/e16138.html</link>
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<category>家族</category>
<pubDate>Mon, 13 Oct 2008 16:29:56 +0900</pubDate>

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<title>私は本当になんちゃって。。。。</title>
<description>かば焼きです。さんま？？いえいえ。。。れんこんです。これは以前に母から習ったんですが、わりとポピュラーですよね。れんこんをすりおろして、片栗粉と卵を入れてかき混ぜ、海苔の上にのせて、焼くだけ。味付けはお砂糖と、醤油。お酒も入れました。お砂糖を少なめにしてみりんを入れてもいいかも。食感はお肉みたいですよ～子どもはあっという間に食べてくれました。うれしいよ～～～～マクロビでは使わない卵。。。。。。。。。入れちゃった～～～～～～～～えへえへえへ。片栗粉だけでもつなぎになったかしら。。。。？？？どうかな～？？？って思ったんだけど、入れちゃえ～～～！。。。。みたいな～私のは本当になんちゃってマクロビです～～～ＳＨＡＮＴＩさんが干し野菜を実践してくださって、コメントの中で私にできなかった干し野菜の実力を示してくださいました。なので私も真似をしましたよ。れんこんを今度は薄く切って、一日干したら・・・カラカラ！カラカラだからそのまま揚げられるの！水分を拭く手間が省けていいわ～そして揚げてみたら。。。。とってもおいしい！ジャガイモも揚げたんですが、一緒に干せばよかったな～と後悔。１日干しくらいでも十分おいしいことがわかりました。ＳＨＡＮＴＩさんありがとうございます。ＳＨＡＮＴＩさん（http://blog.goo.ne.jp/muiuimiyaokantimi3）は、ペンションを開く夢に向かって、努力されてます。お料理が本当に上手なんですよ。私も見習わねば。。。。</description>
<link>http://nuramama.jimab.net/e15963.html</link>
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<category>マクロビオティック？</category>
<pubDate>Sat, 11 Oct 2008 04:59:37 +0900</pubDate>

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<title>クッキーにお絵かき</title>
<description>隣のおばさんが旭山動物園でこんなお土産を買ってきてくれました。クッキーにチョコレートのペンシルで絵を描くセットです。おばさんは本当に買い物上手。いつも変わったものを下さいます。ありがたいな～～～～２人とも真剣に描いています。チョコレートペンシルも、７色あって、あざやか！パパも挑戦。途中でチョコレートが固まったりして。。。四苦八苦。あっためている間にペンシルの中にお湯が入っちゃったり。。。あははは。ししうまの作品。目を描くのに失敗しましたが、上出来。こっとんの作品。あ～～～目が。。。隠れてしまいました。それにしても派手だ。二人の作品。別バージョン。パパの作品。これだけ色数があると楽しめます。なかなか楽しいお土産でした～旭山動物園。行ってみたいな～あまり大きなところではないみたいですね。それならなおさら、上野動物園の来園者数を上回ったのには驚きです。工夫ですね。私もいろいろ工夫をするということを覚えねば。。。。</description>
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<category>家族</category>
<pubDate>Thu, 09 Oct 2008 16:16:57 +0900</pubDate>

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<title>必要なものは与えられる</title>
<description>私が始めて受けたアドラー心理学の講座であるスピリチュアルワークに参加して、８ヶ月が経とうとしています。（そのときの詳しい記事はこちら。。。http://nuramama.jimab.net/e4772.html　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　http://nuramama.jimab.net/e4797.html　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　http://nuramama.jimab.net/e4800.html）受ける前は夫婦関係の悩みでドツボに入っていました。今ももちろん片足つっこんだままですが、片足は出ることができたようなできないような。。。。夫婦って難しいので、あまり触れるのはよそう。夫婦の問題はともかく、スピリチュアルワークを受けて以来、受けた直後にはわからなかったことが、本当にちょっぴりだけ。。。。わかってきたことがあります。１つは心からの感謝。「感謝」「感謝」って、言葉で言うのはおこがましいくらいに思っていました。それは多分、頭で理解していても、心の中ではまったくといっていいほど理解できていなかったからだと思います。それがワークを受けて以来、いろいろなことに意味があって、つながっている自分を実感するようになり、心からの「感謝」が増えてきたと思っています。ごつパパに感謝。親に感謝。子ども達に感謝。友達に感謝。ブログの仲間に感謝。ブログを読んでくれている方々に感謝。嬉しい出来事に感謝。過去の不幸な出来事に感謝。そうすると、不思議なことが起こってきました。何だかここ最近「必要なものは与えられる」様な気がしてきたんです。特にブログを通して。始まりは、じまブロの人たちが、落ち込んでいる時期が同じだったということ。誰かが「ここ最近落ち込んでいて。。。。」と書いてあると、「私も」「私も」「私も」～～～～みたいな～なんかつながっているなあという気はしていました。「なんかここの皆とつながっている気がするわ～」と思い始めると、本当にどんどんつながり始めたようなことが起こってきました。簡単なところで言えば例えば、私がマクロビオティックの話をすると、「私もやっています」という人が多いこと。そして「こんな情報があります」。。。。と、私の元にたくさんの情報を与えてくれます。また、ここのコメントで最近良く出される「タイムリー」という言葉。はじめは私にとって皆さんの記事が「タイムリー」であることが増えてきました。それを感じ始めると、今度は、私が出した記事が皆さんにとって「タイムリー」だったりするんです。私は最近悩んでいることがあるのですが、それに対しても、不思議とタイムリーにヒントが出てくるようになりました。それはブログ仲間の記事だったり、皆さんのコメントだったり、岸見先生や野田先生の言葉だったりするんです。自分に必要な考えを与えられているような感じがしています。これを偶然という人もいるかもしれないけど。。。。それならあまりに偶然過ぎるわ。偶然が多すぎる。私の勘違いかしら？？でも本当にここ最近特に、つながっている気がするんだよな～～～そんなスピリチュアルな感覚を感じ始めると、少し、生きるのが楽になってきました。相変わらず自己評価は低く、自分の失敗には手厳しい自分がいますが、皆さんとのつながりが楽しくって楽しくって。嬉しくって。嬉しくって。楽しさを感じることができるようになりました。落ち込むことがあっても、多少（ここポイント。あくまで多少です。。。。やっぱり落ち込むことはまだやめられないみたい）「今必要なこと」という考え方ができるようになってきた気がします。あ～今日の記事は戯言でしたね。読んでくださる皆さん、いつも感謝です。ありがとうございます。</description>
<link>http://nuramama.jimab.net/e15138.html</link>
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<category>アドラー心理学</category>
<pubDate>Sat, 04 Oct 2008 06:14:08 +0900</pubDate>

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<title>岸見先生のブログ</title>
<description>岸見先生はアドラー心理学の本をたくさん書いていらっしゃって、とってもスゴイ先生なんですが、なぜか先生の文章を読むと、身近に感じてしまいます。。。。大学の先生だったり、しかも専門が哲学でいらっしゃったりすると、とんでもなく自分たちとは違う世界に生きているような錯覚を覚えます。でも岸見先生は私たちと変わらない自分の子育ての話をたくさん交えてくださって、親近感がわくと共に、説得力がある。「本物」って思える。そんなステキな先生です。先生のブログには参考になるお話がたくさん載っています。今日はその１つを紹介させていただこうと思います。　息子が四歳の時バスを一緒に待ったことがある。「後、一時間しないとバスはこないのだけど」といったが、息子は「いいよ、待つから」といった。かくて五月とは思えないほどの初夏の強い日差しを浴びながら、バス停にすわりこんで次のバスがくるのを待った。急ぐことはなかった。時間が経つのをただゆっくり待てばよかった。　ところが、朝、保育園に子どもを送って行く時はこんなふうにはいかなかった。「早く行こう」といっても、いうことをきこうとしない。力ずくで自転車に乗せようとしても激しい抵抗にあい、たとえ自転車に乗ったとしても暴れるので、途中で何度も自転車から降りなければならなかった。何が違うのだろうか。　何よりも時間の制約がある。子どもを保育園に送りに行く時であれば、仕事に遅れるわけにはいかない。「早く」といって素直に従ってくれればいいのだが、事はそう簡単には運ばない。子どもは一向に急ぐそぶりを見せない。　こうなると、親は冷静ではいられなくなる。次第にいらだちは募り、ついには子どもを大声で叱ってしまう。待てるのであれば、いらだつこともないし、子どもの方も意外にも親を待たせるようなことをしない。子どものねらい　子どもは、親が「早く早く」という時、時間に限りがあることを知っているのだろうか。もしも知らないのであれば、急ぐ必要があることを子どもに伝えれば従ってくれるかもしれない。しかし、子どもを急かせても急ぐそぶりを見せないのであれば、親が困ることを知っているからである。　　子どもにしても親に「早く早く」と叱られたらうれしくはないだろう。それにもかかわらず、子どもはあるねらいがあって親をいらだたせたり、怒らせているように見える。　もしも叱ることが有効であるならば、次の日から子どもは悔い改めて、親が促さなくとも自発的に早い時間に用意をするようになるであろう。しかし実際には同じことが毎日繰り返される。それでも親は希望を捨てることはできない。もう少しきつく叱ったら子どもは悔い改めるのではないか、と思うからである。　子どもの側から見れば、早くしなければ親に叱られるという形で注目されることを学ぶ。早く用意をしても親はそのことに対しては普通声をかけたりはしない。そうだとすれば、叱られたくはないけれども、何もいわれないよりは、急がないことで親を困らせ叱られることを選ぶと考えるのは自然である。　親がこのような子どものねらいに気づかずに、「早く」といって叱りつけようものなら、子どもは親の注目を引くことに成功する。こうなると、叱っているにもかかわらず、親が「早く」といわずにはおられないような行動を子どもが止めないのではなく、叱るからこそいよいよそのような行動を止めないということになってしまう。親ができること　それではどうすればいいのだろうか。「早く」と感情的に子どもに声をかけてしまうような場面では、残念ながら親ができることはあまりない。せめて「早くしてくれませんか」と冷静に声をかければ、子どもが反発することを回避できるかもしれないが、実際にはそのような場面で親が冷静でいることはむずかしいであろう。　むしろ、このようなことが起こる前にこそするべきことがある。叱らなければならないようなことを子どもがあえて行うことを予防することはできる。　一つは、急がないことの結末が子どもにだけふりかかるようなことであれば、困るのは親ではなく子どもなので、初めから声をかけないでおこうと決めておくことである。習い事などの場合、時間になっても行こうとしなければ声をかけたくなるが、たとえ叱ることで親のいうとおりにしたとしても、自分で判断するのではなく、親を恐れて従っているというのでは困る。反発する子どもであれば毎日行く、行かないをめぐっていさかいが絶えることはないだろう。　次に、親の都合で時間の制約がある場合は、子どもが急かさなくても行動した時にこそ声をかけることである。親は当たり前と思うかもしれないが、保育園に行く時間になっても好きなだけテレビを見たいと思ったかもしれないのに、その楽しみを中断し、親が仕事に間に合うよう保育園に行ってくれるとしたら、そのことに対して「ありがとう」「助かった」などと声をかけたい。そうすることで親の役に立てることを学んだ子どもは、わざわざ親に叱られるようなことはしなくていいことを学ぶだろう。子どもに学んでほしいこと　子どもに学んでほしいことがある。たしかに生活の場面で、子どもに早くしてほしい時がある。そのような時に、子どもに協力してほしいのである。　そのために、子どもが親の願いをききいれてもいいと思えるような親子関係を築くことが、子どもを急かして叱らなくてもすむようにするために何よりも必要である。叱ることは親子関係を決してよくはしない。関係がよくなければ、子どもの側の協力が必要な時に協力してもらえないことになる。親に協力することが決して親に負けることではなく、家族に貢献することであることをわかってほしい。そうすることで貢献感をもってほしい。　そのためには、普段からあらゆる場面での子どもの貢献に注目し、子どもの適切な行動に「ありがとう」「助かった」などの声をかけることで、子どもが自分が家庭において必要とされていることを実感できるように援助したいのである。　子どもがそのように感じられるようになれば、やがて親は「早く」という言葉をもはや子どもに発していないことに気がつくことになるだろう。（『児童心理』2004年6月号）我が家はそんなに「早く早く」言うことはないですが、早くしてくれたことに対して、「ありがとう」「助かった」とは言っていないかもしれない。その貢献を当たり前と思わずに、「ありがとう」「助かった」って声にしてみよう。こんな風に思わせてくれる岸見先生のブログ、（京都だよりhttp://kishimi.cocolog-nifty.com/）とっても勉強になります。そして岸見先生の写真がも～～～～～すばらしい！！いつも癒されています。是非覗いてみてくださいね。</description>
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<category>アドラー心理学</category>
<pubDate>Tue, 30 Sep 2008 17:33:08 +0900</pubDate>

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<title>運動会♪</title>
<description>昨日はししうまの幼稚園と小学校の～～合同運動会でした～～ししうまはかけっこと、ダンスに出ます。幼稚園の子は午前中で終わりです。かけっこは念願の１番に。私は歯を抜いたので踏ん張れないんじゃないかなと思いましたが、何とか１位になれました。去年は２位だったので、今年１位になって、すごく嬉しかったみたいです。終わったあとも１番だったよとポーズをしてくれました。ダンスはＨey！ Ｓay！ＪＵＭＰの「ドリームズカムトゥルー」の曲でした。ひざを付くのをとても痛がっていましたが、年長の子はみんな微動だにしない。ピシッとしてかっこよかったです。そんなこともできるようになったんだとシミジミ。。。。とても上手に踊りきることができました。昨年の運動会は、幼稚園に行けなくなったはじめの頃でした。楽しいはずの運動会でさえ、行きたくないと泣いて。。。きっかけは仲間はずれだったんですが、この頃はそれを言わず、うつ病のように毎日幼稚園のことばかりを考え、ため息をつき、泣いていました。。。そのことを思うと、今年の運動会は本当に心から楽しめたみたいで、良かったです。たくさんのししうまのいい顔が見られて、嬉しいです。今年でこの小学校との運動会も最後。ししうまは１人校区外なので違う小学校へ行きます。さびしいな～。お友達とも仲良く過ごしているだけに、さびしい思いが募りますが、きっとそれも彼の糧になっていくと思います。そう信じます。</description>
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<category>子ども</category>
<pubDate>Sun, 28 Sep 2008 05:45:21 +0900</pubDate>

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